委ねること、手離すことは難しい。しかしたった一つの秘訣がある!

(2019/10/30記事更新)なぜ委ねること・手離すことは実行が難しく感じられるのでしょうか?
この記事では難しい理由を明らかにし、難しいながらもやり抜く方法を解説しています。

        

1.委ねることは目に見えない心の内側で行われるものだから

ありのパパは18歳のときにキリスト教信仰に入信しましたが、その当時は「信じる」という言葉の意味がわかりませんでした。
それで自分なりに聖書から定義したのが「信じるとは信頼すること、従うこと、愛すること」でした。
この定義が正しいかどうか分かりませんでしたが、これでとにかく前に進むことが出来ると考えました。

同じように「『委ねる』って何のこっちゃ、『手離す』って何のこっちゃ」という方も多くおられるのではないでしょうか。
実は現在もありのパパ自身は「手離す」という言葉の正確な定義を知りません。
ただ心の中で毎朝手離していますので、説明は出来なくても、手離すということの実態(じったい)を知っているということは言えます。

        

2.「心の動作」とは心の内側で行われる心理的行動

ではどうしたら心理的行動である委ねること・手離すことを実践することが出来るのでしょうか?
これは的外(まとはず)れでも良いから、とにかくやってみる以外には「手離すこと」を体得する方法はありません。

        

3.委ねる・手離すことが何を意味しているか具体的に分かっていないから

委ねるとか手離すとかは、とても抽象的な言葉です。
しかしこの言葉が抽象的なままでは、私たちに効果を発揮することはありません。
効果を発揮するのはこの言葉が具体的な意味を伴ったときです。

具体的な意味とはありのパパ自身の例で言えば自分自身を神様に委ねたつもりはあったが手離したつもりはなかったことに気づき、しかし手離すのでなければ本当の意味において委ねたことにはならないということを理解したということです。
これが具体的な意味を伴うということです。

        

4.人は「委ねること・手離すこと」を本能的に恐れるから

カウンセラー訓練の中に、後ろに倒れて、それを支えてもらうというのがあります。
必ず支えてくれると分かっていても、それでも恐怖感を感じるものです。
同様に神に委ねようとするとき、人はどうしても不安を感じます。

        

5.私たちが神に自分の人生を委ねるなら、神様はしっかりと受け止めてくださる

なぜなら神は愛であり、神はご自分の約束に忠実な御方だからです。
私たちは神を信頼して良いのです。

        

6.手離すサイクルをしっかりと弁(わきま)えておく

ある人は手離したら一生戻ってこないかもしれないと考え、そのために必要以上に怯(おび)えてしまいます。

ありのパパ自身の例で言えば、朝に手離すのですが、翌日起きるとまた握っているのです(笑)。
それで翌日の朝にも手離します。
この繰り返しの中で気が付いたのは、手離すのは一日単位であるということです。
そのことに気づいてからは手離すのが楽(らく)になりました。

        

7.個人の人生と心の内面に適用するとどうなるか?

素晴らしい奇跡が起きます。
人生の中で一番大切なことは心に静けさを持つことであるのを悟ります。
心の中にかつて存在していた嵐は止んで、静謐(せいひつ)感が心を満たすようになります。
自分に出来なかったことを、代わりに神がしていてくださるのを感じるようになります。

皆さんも、この委ねること・手離すことをご自分のものになさいますように。

◎回復と平安を祈っています。

        

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