(2019/10/28記事更新)皆さんは心の静けさを欲しいと思われますか?
この記事では「ステップ9の約束」とか「12の約束」と呼ばれるものを明らかにし、心の静けさを持つとどんなメリットがあるのかを解説します。
①仕事がはかどる
かつては出来なかったことが出来るようになり、気が付くと日常の雑事(小さきこと)を含めて仕事がスイスイと片づいていきます。
②心配しなくなる
氷上競技のカーリングの重りであるストーンのように自分が日常という氷の上を滑っているように感じます。
自分がプレーヤーではなく、神がプレーヤーであり、その神の絶妙(ぜつみょう)な配剤(はいざい)に動かされるストーンであるように感じます。
③ストレスがなくなる
かつてはストレスで一杯でした。
それが気が付いて見ると、生活の中からストレスらしいものが消えてなくなります。
④一日が終わる時、思い残すことがない
以前は一日の終わりになると無意識に「このままじゃ一日を終われない」と感じ、そのためしょうもないことに時間をつぶしたものでした。
それが今ではこの「やり残し感」が全くありません。
それで寝る時間になるとサッサと布団にもぐるようになりました。
⑤朝、目が覚めると、すっと起きれる
前日に早く床に就いているというのもありますが、朝、目が覚めると心と体が「準備OK!」と呼びかけているように感じるのです。
それですっくと起き上がり、人生で一番大切な祈りと黙想を行い、神の意志を知ることと、その意志を行う力だけを求めます。
⑥自分の限界を知り万能感から解放される
以前ですと、必要と思う時は無理をしてでもやっていました。
その結果、力尽きてしまい他の大切なことが出来なくなることがありました。
しかし現在では、やるべき必要があっても「果してこれをやった後に、自分のやる気や体力がどのくらい残っているか?」ということを自問自答するようになりました。
そして一日の中で最も大切にしなければならないと考えているものを最優先するようになりました。
⑦自分を大切にしている分だけ、人を大切に出来るのを感じる
以前は電話をする時に心の中で「どうぞ良い人でありますように」と祈ってから電話していました(笑)。
それがある時に「自分が出会うすべての人に敬意をもって接する」ことを決心しました。
[人が自分にどのように接してくれるか]ではなく[自分が人にどう接するか]に全力を尽くすようにしてから、その間は心の中から恐れがなくなっているのに気づきました。
⑧自己一致しているのを感じる
性格上の欠点である恐れと不正直を取り除いてくださいと神に求めつつ、あたかも取り除かれたように振る舞います。
そのように努めるとき、自分の中から本音と建前の壁が取り払われ、自己一致しているのを感じます。
⑨生活の送り方のコツが分かった
以前は大抵何をやっても残念感で一杯だったのです。
それが今では次のようになりました。
a.何かをやる時、段取りをできるだけ入念に立てます。
そしてあとは神様に祈り、お任せします。
b.当日はジタバタせずどっしり構えて、喜びを味わい尽くします。
c.さらに翌日に振り返りを行い、感謝をします。
このようにして何をするにしても、三度おいしい思いをするようになりました。
このようなわけで今は満足感で一杯になりました。
そりゃ、そうですよね。一日を三度味わっているのですから。
⑩間違いそうになったり人間関係で失敗しそうになると、もう一人の自分が警告してくれる
やはり今でも怒りん坊であり、瞬間沸騰器(しゅんかんふっとうき)であることに代わりはありません。
しかし心の中にもう一人の自分がおり、怒りが爆発しそうになるとスッとあらわれて「きみ、きみ、分かってるね。君は癇癪(かんしゃく)持ちという病気なんだから、自分を普通の人と思っちゃいけないよ。いいね、分かってるね」と警告を発してくれるのです。
そうするとありのパパは「そうだった。私は普通の人と違う。癇癪持ちという病人だった」と我(われ)に返ることが出来るのです。
心の静けさを頂いてから、自分のどんなところが変わったか思い当たるところを書いてみました。
余りたくさん書いても仕方ありませんので、ここら辺で止めます。
この文章を読んで「私も心の静けさが欲しくなった」と思っていただければ望外(ぼうがい)の幸(さいわ)いです。
◎回復と平安を祈っています。
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