ACのステップ4・5 いよいよ人生が変わる本番です!

自分自身を正確に知る

『決心』しただけの状態でシラフを続けることは不可能です。(ビッグブック92頁9行目)

回復は決心した結果としてではなく、行動のプログラム(ステップ4〜9)に取り組んだ結果として起きるものだからです。

(この記事は本来は「ACが12ステップを使って回復する(まとめページ)」の中に入れるべきものです。でもそうすると新記事をお知らせする機能が動作しないため一記事として独立させています。しばらくすれば本来の位置に移します)

①棚卸しの準備

棚卸し作業に取り組む前に〈何のために私は棚卸しを行うのか?〉という質問への答えを持っていることが棚卸しをうまく行かせるために重要です。

以下にありのパパが考える棚卸し作業を行う目的を記します。

  • 【性格上の欠点を使ったので本能が傷つき、感情が暴走し、不快感情から逃れるために嗜癖を使う】という依存症の基本構造を理解する。
  • 自分の中から不快感情をなくす(なぜなら不快感情から逃れるために嗜癖を使うから)。

  • 自分の人生を支配する古い行動パターンを発見し、対極にある新しい行動パターンを創出する(これをステップ6・7で実践します)。

  • 性格上の欠点を使わないでいることは自力(じりき)・我力(がりき)ではできないことを実感し、神の助けが求める。

  • ありのままの自分を認め、本音で他者と関わる最初の関係がステップ5の『もう一人の人(シェアリングパートナー)』との関係であることを体験する。

  • 霊的に目覚める。

以上がありのパパが考える棚卸しの目的です。

②恨みの棚卸し

ありのパパが多くの依存症者の方と接して実感することは、ご自分が依存症者であることを否定する人は少ないが、恨みの感情を持っているのを否定する人は多いということです。

ありのパパ自身は自分が依存症であることも否定していましたし、恨みの感情を持っていることも全否定していました。

前者の理由は【依存症は否認の強い病気】という説明が可能ですが、後者はキリスト教の信仰が大きな影響を与えていたと思います。

なぜなら聖書には「恨んではならない」とあるからです。
もちろんこれは「恨みの感情を否認せよ」と教えているのではなく、「恨みの感情があることを認めた上で、その恨みを捨てよ」と教えているのであり、ありのパパが間違って解釈したに過ぎません。

とはいえ多くのキリスト者に接してみて、ほとんどと言っていいぐらいの方がご自分が恨みの感情を持っていることを否認しておられました。

二番目はアダルトチルドレンの傾向を持つ依存症者です。

この人々は棚卸しをする時に「私は恨んでないんですけどね〜」と言いながら、棚卸し作業をします。
ありのパパは内心で「ではなぜ[恨み]の棚卸し作業を行うのか?」と訝(いぶか)しむのです。

三番目は日本文化・日本社会の影響を強く受けていると思われる人々です。

日本文化のもとでは「水に流す」とか「過去を忘れる」と言われます。

しかし実際には「水に流す」ことも「過去を忘れる」こともできる人は一人もいないのです。
それができるのは加害の立場に立つ人であって、被害を受けた人には決してできることではありません。

そのため「ゆるせ!」という文化的・社会的圧力を受けると[ゆるした振り]をすることになります。
これが恨みの感情を否認する理由です。

③恐れの棚卸し

恐れには不快感情としての恐れと、性格上の欠点としての恐れがあります。
不快感情の恐れは[感情]であり、性格上の欠点としての恐れは[考え方]です。

ACにとっての【性格上の欠点としての恐れ】とは【固着した恐れ】です。
固着した恐れとは人々の何気ない振る舞いを見てほとんど自動的に「私を傷つけようとしている」「私を見捨てようとしている」「私に対して不満を持っているにちがいない」と思い込む【考え方・感じ方・行動の仕方】です。

人格は【考え方】【感じ方】【行動の仕方】の三つによってなる1 ものです。

リカバリーダイナミクスの棚卸し表の第四列の[こちらの側のあやまちの正確な本質]の三番目は[身勝手・恐れ]です。
これの意味は恐れが動機となって身勝手行動が起きるということです。

恐れが動機になっている行動には主に二つあります。

一つは相手との関係を維持したいので心ならずも本心とは異なる対応をすることです。
これを不正直と呼びます。

この問題は何かと言うと、不正直な対応をしたのは自分であるにもかかわらず、相手に不満を感じることです。
相手に不満を感じるということはつまり自分の本能が傷つくということです。
この時に傷つくのは共存本能の自尊心・対人関係、安全本能の感情面だったりします。

「その時に自分の本心を言えていたら今でも相手を恨んでいたと思いますか?」とお聞きすると、多くの方が「いいえ、恨んでいないどころかそのことを覚えてさえいないと思います」と答えられました。

「ということはつまり、あなたがその場で正直にご自分の思いを言えなかったので相手を恨んだのだとしたら、恨んだ原因は相手にではなく、あなたの不正直にあると言えないでしょうか?」と重ねてお聞きすると、ほとんどの方が「私もそう思います」と言われました。

もう一つは身勝手行動です。
不正直が相手との関係を切りたくないので心ならずも本心とは異なる対応を取るのに対して、身勝手は(恐れが動機となっているのは不正直と同じですが)相手との関係を切り捨てる方向にベクトルが働きます。

「どうせ分かってくれない。もういいも〜ん!」ってな感じです。

ACが棚卸し表を書くと、他の依存症者と比べて数が少ないのが一般的です。
これは恐れが動機の身勝手行動によって相手との関係をトラブルになる前に切り捨てていたからにほかなりません。

人間関係が長続きしないことを悩むアダルトチルドレンは多いですが、原因はこんなところにあったりします。

④性のふるまいの棚卸し

ビッグブックの棚卸しについての箇所を読んでいて意外に感じるのは性のふるまいについての記述が多いということです。
その理由は性の問題は多くの人にとって微妙な問題であり、考え方やスタンスに大きな幅があるからです。
ある人は超保守的ですが、ある人は呆れるほどに開放的です。

ビル・Wはそのどちらにも引っ張られることがないようにと言っています。

リカバリーダイナミクスの考案者であるジョー・マキューは「性の棚卸しを始める前は多くの人は『自分は性的な異常者にちがいない』と思い込んでいるが、実際に棚卸しをやってみると自分は異常ではなかったと気づく」と言っています。

ではACはどうかというと、多くのACが異常でも何でもないことを異常だと思い込んでいる場合があります。

たとえば「あの人と恋仲になれると良いな」と心の中で想像することを病的な妄想であると感じるACがいます。
しかしこれは違います。
「あの人と恋仲になれるといいな」と単に心の中で思うだけなら、それは微笑ましい光景と言えるでしょう。

病的もしくは異常の範疇に入るのは恋仲になるために自分は何も努力しようとしない場合です。
また奥さんや子供がいるにもかかわらず、見ず知らずの人に「あの人と恋仲になれるといいな」と思うのは性的な嗜癖として使っていることです。

また「自分が好きだから当然相手も私を好きになるべき」と考えるなら異常です。
しかし「好きになってくれたらいいな〜」程度であれば健全の範囲と思われます。

性の振る舞いの棚卸しと性依存症との関係

ビル・Wは自分の性の有り様(ありよう)は自分で決めるべきであり、人に決めさせてはならないとします。

多くの人が「自分には性的に異常なところがある」と考えていますが、ほとんどは間違った思い込みでしかありません。
しかし中には性的なことを嗜癖として使う性依存症の人々も確かに存在します。

では性依存症とそうでない人との区別はどのようにすればよいでしょうか?
性依存症における嗜癖には三種類あります。

  • 法律に触れるような行為(痴漢・露出・つきまといなど)
  • 法律には触れないけれども家庭が壊され、人生を棒に振ることになる行為(不倫・浮気・出会い系サイトの使用など)
  • 法律にも触れないし、家庭も壊されないかもしれないが、純然たる性的嗜癖行為(強迫的なマスターベーション・長時間のネットポルノの視聴・性的妄想をもてあそぶなど)

上記のことがない限りは性依存症の疑いを考慮する必要はないと、ありのパパは考えています。

⑤自己開示

ありのパパ自身がステップ5の棚卸し作業をやったときは否認のかたまりと言っていい状態でした。
「恨んでませんけど〜」「恐れてませんけど〜」「迷惑かけられたのは私のほうですけど〜」みたいな感じで、何とも歯車が噛み合わない棚卸し作業でした。

こんな状態でシェアリングパートナーはよく付き合ってくださったと感謝しています。
自分がシェアリングパートナーをやるとき、相手の方がありのパパと同じように「恨んでないんですけど〜」と言っても腹も立たないし、ガックリ来ることもありません。
なぜなら自分と同じことを言っているだけだからです。

それにしてもACにとって自己開示は重要です。
ACの方に「あなたが使っている嗜癖は何ですか?」とか「あなたが無力であるのは何に対してですか?」と質問して、まともに答えることのできるACはほとんどいません。
「なにかしら?」などと答える人はいませんが(ごく少数いました)、多くの方は絶句されます。

これは心の深いところで否認しているのが原因の一つですが、もう一つは自己開示が苦手すぎて自分でも自分のことがわからなくなっているのが原因です。

ミーティングで自分の話をするとはじめのうちは建前ばかりの話ですが、いつかそれも底を付くときがやってきます。
建前の話が底をつくと、ミーティングに来なくなる方もいますが、それでもなお参加し続けていると段々と本音の話が出てきます。

だからこそミーティングに参加して仲間の話を聴き、自分の話をするという営(いとな)みが大切なのです。
(これが〈聞くだけの参加〉がとても残念である理由です)

⑥過ちの正確な本質

ACにとっては「過ちの本質と言われても、私は被害者だし〜」と思っているものです。
実はありのパパがそう思っていました。
しかし否認していたので、気づきませんでした。

それでも「100日間、日々の棚卸しをやってくださいね!」と中間施設の職員に言われたので、仕方なく(やらないとスリップするから)やっていました。
そのうちに100日が終わる頃に、「いや待てよ。自分、なんて利己的なんだ!」と思えるようになりました。

ついに被害者意識を嗜癖として使うのをやめる日が来たのでした。

過ちの正確な本質とは性格上の欠点である【利己的・不正直・身勝手&恐れ・配慮の欠如】を自分が使ったのでトラブルに見舞われたのだと納得することです。

しかしこれも真に納得することなどは人間にできることではないと、ありのパパは考えています。
つまづくたびに、日々の棚卸しをすることによって原因は自分の性格上の欠点を使ったことにあると腑に落ちることを繰り返していくことが私たちにできることです。

最後に

ステップ4・5の棚卸しは基本的に人生に一度限りのものです。
中には何回もされる方がいます。
その理由は「人生が変わらないのは棚卸しがうまくやれてないから」と考えるからです。

しかしそうではありません。
人生が変わらないのはいつだってステップ6・7が不充分だからです。
【古い行動パターンを使わない決心】(ステップ6)と【新しい行動パターンだけを使って生きていく決心と神の助けを求めること】(ステップ7)を実践すればするほど人生は徐々に変わっていきます。

ミーティングでは霊的に目覚めた仲間が針小棒大(しんしょうぼうだい)に分かち合うことが多くあります。(それは誰あろうありのパパです)
それを鵜呑(うの)みにして「ほぉ〜、霊的に目覚めるとそんな大変革が訪れるのか?!」と受け止めてしまい、自分も霊的に目覚めたら当然そのような変化が訪れるものと思い込んでしまう危険があります。

しかし心の変化(霊的目覚め)は一瞬ですが、人生の変革は生涯続いていくプロセスです。

新しい行動パターンを使うことなしに人生を変えようとしていませんか?
それは白昼夢に過ぎません。

ゴールを目指して一心に走り続けるためには、足元の「今日一日だけ」に焦点を当てて神の力を求める営みが必要です。

そうしないと足元の小石に足を取られて転んでしまいます。
「おかしいな〜。何で私の人生うまく行かないのかしら?」
「いやいや、うまく行くも何も新しい行動パターンを使ってないもの!」

人生を変えるカギは今日一日の自分の行動パターンをどの程度使ったかによると知れば「じゃ、仕方ないな。でも今に見ておれ!」と思えるものです。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

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  1. ACのための12のステップ44頁下3行目 

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