性依存症になりやすい人の特徴と原因。回復方法を詳しく解説!

「自分は性的誘惑に弱い」と感じておられる方は多いのではないでしょうか?
この記事は性依存症になりやすい人の特徴と原因を明らかにし、そこから回復していく方法を解説しています。

1.性依存症になりやすい人の特徴と原因

神と人との断絶

性依存症に限りませんが、依存症になりやすい人の特徴と原因は二つ考えられます。

①周囲の人々と親しい人間関係を作れなかった

一つは人間関係において性格上の欠点である利己的・不正直・身勝手(・それらの結果としての配慮の欠如)を使ったので親密な人間関係を作れなかったことです。

人には誰にでも【人と繋がりたい】という欲求があります。
しかしながら【人が怖い。人は私を傷つける。人は私を見捨てる】という固着した恐れがあると、その欲求を表に出すことができません。

依存症治療の現場を取材したある新聞記者は「依存症になった人は子供の時から誰とも親しくなる経験を持たなかった人が多いように感じる」と述べました。

これを聴いてありのパパは逆に驚きました。
なぜなら自分もまた小さいときから誰とも親しい関係になったことがなく、またそれが当たり前のことであり、他の人もそうだと思い込んでいたからです。

このような人々が最も親しい人とだけ結ぶ関係である『性』を嗜癖として使うようになるのはある面では必然的だったのかも知れません。

なぜなら性的欲求は満たさないままの状態が長く続くと独り歩きしたり、暴走したりするからです。

②目に見えない神との関係が遮断されている

親密な人間関係を作れないとどうなるかというと本能が傷つきます。
本能には共存・安全・性・将来野心の四つがありますが、本能が傷つくと今度は恨み・罪悪感・恐れ・後悔の不快感情が溜まります。
この不快感情が神と私たちの間の障壁になります。

神は目に見えない存在ですから、不快感情があろうとなかろうと目に見えないことには変わりがありません。

ただ不快感情がない場合には目に見えない神であっても自分の中に心の平安を感じ、「何があっても大丈夫!」という安全・安心を感じることができます。

不快感情が私たちと神との間の障壁になると、平安はなくなり、心配・不安が押し寄せてきます。

こうしてみると、神を信じていようがいまいが、不快感情のあるなしが平安か不安かを分ける分水嶺であることが分かります。

2.性依存症からの回復方法

神と人との関係を修復する

周りの人々とも神とも人格的な関係を持てない状態が長く続いた結果、性的欲求が暴走し、その結果として性的嗜癖に逃れるほかはなくなりました。

ここまで見てくると明らかなように、回復とは【人間関係の修復】と【神との関係】を修復することだと分かります。

人間関係は性格上の欠点を使わないことによって修復され、神との関係は不快感情を溜めないことによって修復されていきます。

①性格上の欠点を使わないと人間関係が修復される理由

性格上の欠点を使わないと人間関係が修復される理由は私たちの心の中に変化が訪れるからです。

12ステップが教える性格上の欠点は四つあり、その中の一つに[身勝手・恐れ]があります。
一つの項目の中に身勝手と恐れがセットになっている理由は恐れが動機となって身勝手な行動をしてしまうからです。

この[恐れ]とは〈人は私を傷つける〉〈人は必ず私を見捨てる〉などの根拠のない思い込みです。

この根拠のない間違った思い込みがあると、人に傷つけられる前にこっちから傷つけてやろうとしますし、見捨てられる前に見捨ててやろうとします。

そのくせ自分がやったことは棚に上げて心の中で「ほら、やっぱり私は傷つけられた」「ほら、やっぱり私は見捨てられた」と納得しているのです。

このような営みを繰り返していくと恐れは固着したものになります。

実はこれが人間関係を破綻させる最大のものなのですが、本人はそんなこととは露(つゆ)も知らず「私は被害者である」と自分をかわいそうがっているのです。

解決策は性格上の欠点を使わないで人間関係を再構築することです。

相手の人だって私に「傷つけられたらどうしよう」と心配しているかも知れないのですから、自分の心配は脇に置いて、まず「少なくとも私はあなたを傷つけない」ということを分かっていただくにはどうしたらよいだろうかということに全力を尽くすのです。

その結果起きることは人間関係が劇的に改善するのはもちろんのことですが、何より大きな変化が自分の中に訪れます。
それは今までは世の中は敵ばかりと思っていたのが、味方ばかりとはいかないが、みんな仲間じゃない?との認識に変わるのです。

そうすると防衛的だったのが、オープンマインドになり、表情が険しかったのが、穏やかな笑顔へと変わっていきます。

ここまで変化して、それでも人間関係が変わらないということはあり得ません。

②神と私たちの間にある障壁

依存症回路が脳の報酬系にできてしまうと、そこから強迫観念と渇望現象が襲ってきます。
渇望現象に対抗するどんな術もありません。

ただ強迫観念にさえ負けなければ渇望現象は襲ってきませんから勝負どころは強迫観念への対処の仕方にあると分かります。

強迫観念に勝つ唯一の方法は神に頼ることですが、不快感情があっては神と私たちの間の通路が遮断されてしまい、神の助けを受け取ることができません。

この文章を読んで皆さんのなかには「神が愛なら不快感情があろうがなかろうが助けるもんじゃなかろうか?」とお思いになられた方もおられるでしょう。

しかし問題は神にあるのではなく、神の助けを受け取る私たちの側にあります。
恨み・罪悪感・恐れ・後悔の不快感情は神の助けを受け取ろうとする私たちの手足を縛ってしまうので、不快感情がある限り神の助けを受け取ることができないのです。

よくあるような〈困った時の神頼み〉などは実は何の効果もないのです。
そういう意味では神に助けを求める暇があったら、不快感情をなくすことに全力を尽くすほうがよっぽど大切です。

不快感情が無くなれば黙っていても神の助けは私たちにやってきます。

3.回復の実践に回復への強い意欲は必須

強い意欲

自分がなぜ依存症になったのかが正確に理解でき、回復はそれと対極にある行動パターンを実践することであると正確に理解できれば回復に対して強い意欲を持つようになります。

もし回復への強い意欲をもたない場合は回復の設計図を理解していると思っても頭の中だけの理解にとどまっているのかも知れません。

強い意欲を持つためには単なる理解がお腹にストンと落ちること、すなわち人格的理解へと深化することが必要です。

とはいえ誰でもはじめは強い意欲を持てないのが普通かも知れません。
ありのパパも祈りながら「おかしい。私は強い意欲をもってない」と内心で訝しんでいました。

しかし来る日も来る日も飽きずに懲りずに「私は嗜癖に対して無力であり、この嗜癖を使い続けたために自分の人生がどうにもならなくなったことを認めました」というステップ1の祈りから始まってステップ2の祈り・ステップ3の祈りを続けました。

そうした時にある日気づくと回復への強い意欲を持つようになっていました。

回復の設計図への理解が進み、さらに人格的理解へと深化したのが理由だと思います。

【まとめ】

  • 依存症になりやすい人の特徴は親しい人間関係を作らずにこれまで生きてきたということです。
  • もう一つの特徴は恨み・罪悪感・恐れ・後悔の不快感情が神と私たちの間の障壁となり、神の平安や助けを受け取ることができなくなっていることです。

  • 性依存症からの回復方法は性格上の欠点からくる行動パターンを使わないことです。
    もう一つは不快感情をなくすことによって神との障壁をなくすことです。
    この二つのものは実は一つのものです。
    なぜなら性格上の欠点を使わなければ本能は傷つかなくなり、本能が傷つかなければ感情は暴走しないからです。

  • 回復には強い意欲を持つことが大切です。
    「回復してもいいし、回復しなくてもいい」というような心の態度では回復はオボつきません。
    強い意欲を持てない理由は回復の設計図を正確に理解できていないか、それとも頭で理解はできていても腹落ちしていない(腑に落ちていない)からかもしれません。

  • しかし心配無用です。回復の道を忠実に歩んでいると徐々に回復の設計図への理解が進み、頭の理解が腹落ちし、さらに人格的理解へと深まっていきます。
    そして気がつくと強い意欲を持つようになっています。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

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