静かそうに見える人が突然怒りを爆発させる理由と回復する方法

なぜ同じ人のうちに静けさと怒りの爆発が同居することがあるのでしょうか?
この記事はその理由を明らかにし、怒りの爆発から回復する方法を解説しています。

1.一見静かな人が怒りを突然爆発させるのは感情の否認を嗜癖として使っているから

感情の抑圧

一見静かそうな人が突然怒りを爆発させるということがあります。
これは不思議に思えます。
しかし「一見静かそう」が感情の否認を嗜癖として使っている結果のときもあります。

感情の否認を嗜癖として使うのはアダルトチルドレンの10番目の特徴です。

感情の否認とは悲しかったり、恐れていたり、恨んでいたりしているにもかかわらず「別に!」と言って、自分が傷ついていることを認めないことです。

この感情を否認することを嗜癖として使うのがアダルトチルドレンと呼ばれる人たちです。

怒りの爆発も嗜癖として使っているわけであり、要するにどちらも嗜癖として使っているのであれば「一見静か」と「怒りの爆発」は共存可能ということになります。

怒りを爆発させるのは不快感情から逃れるため

このブログを書いているありのパパは怒り依存症者なのですが、怒りを初めて爆発させた時「怒りを爆発させている時だけ本来の自分でいることが出来る」と感じたのを覚えています。

また頭の中でドーパミンがドバドバ出ているのも感じました。

あとになって中間施設で12ステップを学んだのですが、「依存症回路は脳の中の快楽を司る報酬系にできる」と教えられたとき、その時の経験とぴったり一致しました。

どのような嗜癖であれ、それを使うのは快楽を得るためですが、なぜ嗜癖を使わざるを得ないのかと言えば不快感情から逃れるためです。

不快感情とは恨み・罪悪感・恐れ・後悔の四つです。

ある人は「私には怒りの感情はあるけど恨みはない。なぜならゆるしているから」と言います。
しかし怒りとは恨みが姿を変えたものであり、中身は同一です。
だから怒りがあるということは恨みもまたあるということの証拠なのです。

またある人は「私の中に確かに不快感情はあるけれど、それらを解消するために嗜癖ではなく、運動・栄養・睡眠のストレス解消法を活用している」と言われます。

これは本当でしょうか?
ストレスには良いストレスと悪いストレスの二種類があります。
確かに良いストレスなら適切な運動をし、十分な睡眠をとり、完全栄養の食事をすることによって解消します。

しかし悪いストレスである不快感情は嗜癖以外に逃れる方法はありません。
その良い例が「飲んじゃいけないのは分かっているんだけどね」と言いつつ、居酒屋で上司の悪口を酒の肴にしながら酒を飲むサラリーマンです。

上司の悪口を言うのは上司を恨んでいるからです。
そして飲酒という嗜癖行為を使うことによって恨みという不快感情から逃れているのです。

2.怒りの爆発を嗜癖として使わないために、性格上の欠点を使うのを止める

不正直な生き方を止める

『本来の自分』とは本心の通りに生きることです。

しかし恐れが動機の身勝手や不正直、また利己的振る舞いに支配されていると本音の自分を表に出すことができません。

自分の中に【人が怖い】【人はいつかは私を傷つけたり裏切ったりする】という固着した恐れがあると、相手の何気ない振る舞いや言動に対して根拠のない決めつけをしがちです。

それで本心では親しくなりたいと思っているにもかかわらず、相手との関係を切り捨てたり(身勝手)、逆に相手との人間関係を壊したくないので本心とは異なる言動をする(不正直)といったことをしがちです。

また人間関係を深めるためには相手に対して配慮することが必要ですが、心の中で「言わなくても分かれよ」とか「あなたは私の思った通りに動くべきである」というような利己的考えに支配されていると、相手に対して配慮を充実させることは不可能です。

このような話をすると多くの人は「私はそんなこと思ってません!」と言われます。
ありのパパも自分のことを不正直な人だとは思っていましたが、利己的な人間だとは思っていませんでした。

しかし何回も何回も日々の棚卸しをし、祈りと黙想をし、サービス活動をしている中で「待てよ、自分かなり利己的だな」と思い当たるフシが出てきました。

ミーティングで多くの仲間が「自分が利己的とは思っても見なかった」と分かち合ってくださいますが、ありのパパも全く同感です。

嗜癖を使うと性格上の欠点を一挙に乗り越える。しかししばらくすると嗜癖の奴隷

嗜癖を使う理由は不快感情から逃れるためですが、もう一つの理由は嗜癖を使うことによって本来の自分になることが出来るからです。

たとえばお腹の中では「自分はちっとも悪くない」と思っているにもかかわらず、人が怖いため相手の言いなりになって「私が悪かったのです」と心にもないことを言ったりします。

それが怒りの爆発という嗜癖を使えば《性格上の欠点を使わないで生きる》という過程をスルーして一足飛びに自分の本心を表明することが出来ます。

自分の本心を表明することが難しい人にとって、これはものすごく便利な道具です。
だから嘘偽りなく「この嗜癖を使っている時だけ本来の自分でいることが出来る」と感じるのです。

しかし残念なお知らせがあります。
嗜癖は性格上の欠点を努力なしに乗り越えさせてくれますが、『便利な道具』でいてくれるのはごく僅かな期間であり、気がつくと私たちはそれの奴隷になっているのです。

奴隷になってしまえば、たとえ怒りたくないと思ってもところ構わず怒りをぶっ放すようになります。

奴隷とは怒りの爆発を嗜癖として使うことに対して無力という意味であり、何に対して無力かといえば強迫観念と渇望現象に対して無力なのです。
強迫観念とは「怒りを爆発させればいいんだよ」とウソを教える働きをするものであり、渇望現象とはいったん怒りを爆発させると精神的・肉体的限界が来るまで怒り続ける働きをするものを言います。

怒りを爆発させるたびに脳の報酬系に依存症回路が刷り込まれていきます。
一旦完成してしまえば、依存症回路は死ぬまでなくなることはないと言われています。
これが「依存症は治らない病気である」と言われる根拠です。

3.怒り依存症の解決策は霊的目覚めと共同体の助け

解決策

①本質的な解決策は霊的目覚め

解決策はいつでも原因の対極にある生き方を実行することです。
ここまで見てきて明らかなように怒りの爆発の原因は二つあります。

一つは感情を否認しているために一見静かそうに見えるが、自分の本心を言えないために溜まりに溜まった不快感情から逃れるために嗜癖を使うということです。

もう一つは嗜癖の助けなしには本心を言うことができないので心ならずも怒りの爆発という嗜癖の助けを借りるということです。

この場合の解決策は感情を否認しないことと、自分の本心を言うことを神の力によって実践することです。

そうすると今の今まで自分が本心を言えないのは周りの人々のせいだと思い込んでいたのが、実は自分の不正直・身勝手・利己的が原因で本心を言うことができなかったということに気づきます。

ここに気づくことが出来ると心が軽くなり、生きるのが楽になります。
それまでは「人に傷つけられたらどうしよう」と心配していたのが、「そうではない。他者は私を傷つけることができない。自分自身を傷つけているのはいつだってこの私の性格上の欠点なのだ」と理解できるようになります。

この新しい生き方を続けていると、本能の傷つきはやみ、感情の暴走も止まります。
もちろん、この状態になっても依然として強迫観念はウソを教えにやってきます。

しかし「怒鳴っちゃえばいいんだよ!」というウソは不快感情が満タンになった状態では効果満点ですが、不快感情がさほど溜まってない状態ではまるで昼間に出てくるオバケのようであり、かえって笑えてくるのです。

②共同体からの助けが必要な理由

共同体とは同じ嗜癖を持つ者同士で構成される自助グループを指しています。

この同じ嗜癖を持つ者同士が定期的に開かれるミーティングに参加することによって、仲間の話を聴き、自分の話をします。

この営みを通して何が起きるかと言いますと、まず否認が解除されます。

a.否認とは以下のようなもの

否認が解ける前否認が解けた後
私は怒りやすいが、怒り依存症ではない私の怒りの爆発は病的であり、常習的であり、依存症にほかならない
私が怒りを爆発させるのはそうしなければならない理由があり、正当である確かに怒りを爆発させる理由はあるにはあったが、もっと正当な理由があっても怒りを爆発させない人々も大勢いる
私のような境遇に置かれれば誰だって怒りを爆発させるものさ、ふん!本当にそうだろうか?ただ単に被害者意識を嗜癖として使っているだけではないだろうか?

これらの否認がミーティングに参加して自分の話をし、仲間の話を聴くうちに解除されていきます。

b.否認が解けた人に次に起きることは無力の自覚

無力を認める前無力を認めた後
きれいサッパリ何もなかったように『治る』ことが可能だ怒り依存症は依存症だから『治る』ことは不可能。ただ今日一日だけシラフを保つことが出来る
私は一時的に怒りをコントロールできない状態になっているだけ。すぐに元に戻ることができるいったんこの状態になってしまったら元に戻ることはない。自分の心と生活の中からすべての『怒る』ということを追い出す必要がある
私がこうなったのは家族のせいだ。だから家族が変わらないといけないたぶん家族は永遠に変わらないだろう。私はそんなことにお構いなく自分自身の回復の道を歩む

以上の【否認の解除】と【無力を認める】ことがなければ12ステップに取り組んでも効果は期待できません。

もちろん【否認の解除】も【無力を認める】ことも『深まりゆく経験』です。

だから「私はまだ充分に無力を認めていない」ということがステップに取り組まない理由になってはいけません。

「いますぐに」「即座に」回復のプログラムに取り組みましょう。
そうしたら「何年もの間、自己を鍛錬してやっと得られるようなものが、ほんの二・三ヶ月で現れる」(ビッグブック267頁6・7行目)

【まとめ】

  • 静かそうに見える人が突然怒りを爆発させるのは実は不思議でも何でもありません。静かに見える理由が感情の否認を嗜癖を使っているのであり、怒りを爆発させるのも嗜癖として使っているのだとしたら、複数の嗜癖を使っているだけということになります。依存症の世界では複数の嗜癖を使うのは一般的です。
  • 感情の否認を嗜癖として使うのは不快感情から逃れるためです。そもそも感情を感じなければ不快感情も感じませんから。そして怒りを爆発させるのも溜まりに溜まった恨みの感情から逃れるためです。

  • 私たちは気づかないうちに利己的だったり不正直だったり身勝手だったりするものです。それで原因が分からずに人間関係で苦しみます。その結果として性格上の欠点を一挙に乗り越えさせる嗜癖を使う道へと進んでいきます。しかしこの道は引き返せない道であり、破滅の道です。

  • 怒り依存症の解決策は二つあります。一つは霊的に目覚めることです。霊的目覚めとは嗜癖⇐不快感情⇐本能⇐性格上の欠点の関係性を正確に理解し、そのメカニズムをコントロール可能な状態にしていることです。

  • 二つ目の解決策は共同体から受ける助けです。否認と無力を認めることはミーティングに参加して自分の話をし、仲間の話を聴くことなしには起こりえないことです。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

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