【黙想の奇跡】によって癇癪持ちも【深まりゆく人生】を体験しよう!

ステップ11は祈りと黙想ですが「祈りは分かるけど黙想はよく分からない」というのが私たちの本音ではないでしょうか?
この記事は黙想に焦点を当て、人生が深まりゆく黙想について解説しています。

1.黙想とは神の中で安息すること

黙想

「祈りと黙想によってもたらされるものは感情・情緒のバランスと、所属している感じである」(EAの12ステップ70頁6行目)

祈りは信じている対象に向かって話しかけることですが、黙想は信じている対象の内側に入り込んで安息することです。

ですから祈りと黙想は車の両輪ということが言えます。
なぜなら祈らなくては神とのチャンネルが開かないからです。
神とのチャンネルとは変な言い方ですが、要するに私たちと神との通信回線が繋がることです。

通信回線が繋がれば神からの安息(心の平安・セレニティー)に満たされます。

ありのパパはキリスト教の信仰をもって46年になりますが、ずっと黙想はしないままでした。
祈りは断食をしたり、徹夜をしたりして熱心に取り組みましたが、黙想のほうはほっぽりっぱなしでした。

それが12ステップに取り組むようになってからは知らず知らずのうちに黙想をするようになっていました。

理由はステップ4・5で棚卸し作業をやった結果として自分の性格上の欠点からくる行動パターンを理解したため、本能が傷ついて感情が暴走するたびにステップの10の日々の棚卸しをやるようになったからです。

棚卸しの結果分かったことというのはあくまでも理性的な理解です。
これに対して日常生活での自分の行動パターンは心の深いところから出てくるものです。

この「心の深いところ」とは本能にほかならないのですが、理性だけで本能を完全に把握することは到底不可能です。

そこで黙想の出番となります。
祈りにおいて日々の棚卸しの結果分かったことを神に話します。
「自分の何がシラフをはばんでいるのか?」「自分の真の問題は性格上の欠点にある」ことなどを祈りを通して神に申し上げます。

そうして今度は神の中で憩(いこ)います。
ありのパパはこのとき自分が宇宙の中で漂っているところをイメージします。
ありのパパにとって宇宙は神を表しています。
だから宇宙の中で漂うとは神の中で憩うことなのです。

この状態のときに祈りだけではまかないきれないことが処理されます。

たとえばあまりに自分の側の欠点ばかりを論(あげつら)っていると苦しくなりますが、黙想によって「自分はありのままで神に愛され受け入れられている」という事実が迫ってきます。
「そしてこのままでも仕方ない。だって治らないんだし(笑)」と妥協でも諦めでもない、あるがままの自分を受け入れることができるようになります。

このようにして神の内側で安息することで得られるものは【神に所属している感じ】です。

2.自分の問題や否定的な考え方から解放されるための黙想の仕方

感謝

「自分の問題や否定的な考えを手放して、自分自身と平和に過ごすことが重要」(EAの12ステップ68頁下2行目)

自分の問題や否定的な考え方から目を離すのに最も有効な方法は感謝できることを五つ探し出すことです。

なぜなら感謝を探しているときは自分の問題を見ることができないからです。
また感謝できることを探す行為は極めて前向き・肯定的な考え方(生き方)であり、それをやっている時は否定的な考え方に自分が絡(から)め取られていないときです。

この「一日の中で感謝できること五つを探し出す」営みを続けてやっていると必ず人生がまるっきり変わってしまいます。

人生が変わったからと言って止めてしまってはなりません。
そうしたらまた元に戻ってしまいます。
それがイヤだったら生きている限りずっと感謝できることを五つ探し出す営みを続けることです。

ありのパパはこれを寝床についてからやっています。
そうすると自然に平安のうちに眠りにつくことができます。

そして翌朝、不安を感じたとしても「昨日も感謝できることが五つもあったのだから、今日も大丈夫。神が必ず守ってくださり、導いてくださる」と自分自身に言い聞かせます。
そうすると心は平安に満たされ、「よし、今日も一丁やったるか!」と床を蹴り上げます。

3.黙想を実践する時に注意すること

祈りと黙想

・偉い人になるために黙想するのではなく、シラフを保つためにどうしてもしなければならないから黙想するということを片時も忘れないでください。

「黙想をしている自分ってかっこいい。うふ」アホか!(笑)

・黙想を習慣にする

「なかなか習慣にできなくて」という方は実は習慣にする気がないのです。
習慣にする気がないのを気づければ、話は簡単です。
方向転換をして黙想を習慣にする営みを始めればよいだけです。

・黙想を難しく考えすぎない

「黙想はこれをやって、あれをやって。あぁ忙しい」などと考えてはなりません。
祈った後に訪れる心の平安こそが黙想そのものです。
どうぞ黙想を楽しんで下さい。

【まとめ】
祈りは信じている対象に向かって話しかける営みですが、黙想は信じている対象の内側に入り込んで安息する営みです。
この営みを続けていると私たちは神に所属している感じを得ることができます。

自分の問題や否定的な考えから解放される方法は感謝できることを五つ探し出すことです。
なぜなら感謝できることを探している時は自分の問題を見ることもできないし、否定的な考えを使うこともできないからです。
この営みを続けていると人生が必ずまるっきり変わってしまいます

◎回復と平安と祝福を祈っています。

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