アダルトチルドレンは人を哀れみ、救ってあげれそうな人を故意に選ぶ

「私は人を哀れむことを愛と勘違いしているかも知れない」という方はおられませんか?
この記事は人を哀れむことを愛と取り違える理由と、人を故意に選ぶことから回復する方法を解説しています。

1.愛は報(むく)いを求めない。人を故意に選ぶのは報いを求めているから

愛は報いを求めない

「私たちは人を哀れむことを愛と取り違え、自分が救ってあげれそうな人を故意に選ぶことを嗜癖として使う」(ACの問題行動の9番目)

救ってあげれそうな人を故意に選ぶとは心の中で「この人は救われそうかな?」と値踏みすることです。
これはおもに宗教関係のことですが、他の領域でも形を変えて現れます。

親子関係では「この子は出世するかな?見込みがあるかな?」とわが子を値踏みし、見込みがありそうだと思った子には過剰な世話焼きをし、見込みがないと思った子は放っておきます。

他には「この人は恋人になりそうかな?」と値踏みし、なりそうな人には過剰に親切にしたり、異様な馴れ馴れしさをもって接したりします。

反対に「この人は私の恋人にはなりそうにないな」と思う人には素っ気ない態度・あるいはつっけんどんな対応をしたりします。

これが「人を故意に選ぶ」ということです。

2.人を哀れむのを愛と取り違えることを救世主願望という

救世主願望

この嗜癖のたちの悪いところは自分では良いことをしていると勘違いし、自分の行動を愛だと取り違えていることです。

この嗜癖は共依存症者がよく使う嗜癖でもあります。
共依存症者が他者に対する病的なコントロール欲求を発動させる前に「この人は自分の思った通りに動くかな?」と値踏みします。

そしてその値踏みの結果「大丈夫そうだ」と思った人に対して病的なコントロール欲求を発動させます。
その病的なコントロール欲求は「行き過ぎた責任感と過剰な世話焼き」(ACの問題の6番目)として現れることもあります。

人々を哀れんでいる自分は愛の行為をしていると勘違いする人が多くいるのが宗教関係です。

もちろん当然のことながらすべての人がそうだと言っているわけではありません。
ただ「これらの職種についておられる方は自問自答してみてはいかがでしょうか」と申し上げているのに過ぎません。

ご多分にもれず、ありのパパもこの嗜癖を40年間使ってきました。

気づいたキッカケは新しい行動パターンの実践とダブルブッキングになったことによってでした。

自分の救ってあげれそうな人を故意に選ぶのは嗜癖ですが、同時に古い行動パターンでもあります。

ありのパパの新しい行動パターンは「すべての人に敬意をもって接することに全力尽くす」ですが、古い行動パターンを自覚的に使わないと決心するまでは新しい行動パターンと喧嘩するというか、ダブルブッキングのようになり、うまくいきません。

私たちは行動パターンを一つしか選ぶことができないので、古い行動パターンにしがみついたままで新しい行動パターンを使うことはできません。

なんとか新しい行動パターンだけを使って生きていこうと努力する中で、自分が救世主願望を嗜癖として使っていたことに気づいたのでした。

3.迷惑を掛けてきた人々への埋め合わせの仕方

埋め合わせ

「私が節制を保ち、他の人を手助けし、スピリチュアルな成長を遂げることによって埋め合わせをし続けること」(ACの12ステップ126頁・下4行目)

私たちの救い主願望の犠牲者になった人々への埋め合わせを考えます。
なぜならそうしないと私たちが喰い物(くいもの)にしてきた人々がフラッシュバックのように思い出され、そのたびに罪悪感と後悔の不快感情が暴走するからです。

不快感情がある限り、シラフを保つことは決してできません。
だから私たちはどうしても不快感情がたまらないために自覚的に対処する必要があります。

私たちが喰い物にしてきた人々への埋め合わせは単に迷惑を掛けた人への埋め合わせとは異なります。

最大の一番大切な埋め合わせは私たちがこれからの人生で二度と人を喰い物にするという嗜癖を使わないことです。
これを「ACのための12ステップ」という書籍は「節制を保つ」ことと記しています。

節制を保つとは文字通りシラフを保つことです。
まさかスリップしつつ、「はい、私は節制を保っています」と仰る方はいないと思います。

「他の人を助け」とは同じ問題で苦しんでいる人々に回復のための情報を提供することです。
これをサービスと言います。

気をつけないといけないことは共依存症者は他の人を助けていると思いつつ、実はズッポリと共依存状態に陥っている場合が多いということです。
私たちは自戒したいものです。

スピリチュアルな成長を遂げるとはステップ12の「私たちのすべてのことにこの原理を実行しようと努力した」とあるように、私たちの中にある未解決の問題をそのままにしておかず、回復の道を歩み始めるということです。

複数の嗜癖を持っている人々の回復方法

ステップの12番目の文言を読むと、複数の嗜癖を持っていることを前提にしているようにも読めます。

12ステップは「私はこの問題だけが解決すればそれでよい。他の嗜癖とは仲良くやっていく」という言い訳をゆるしません。

「生きている間にどのくらい嗜癖という問題から自由になることができるだろうか?」という気概(きがい)を持ちたいものです。

ただ気をつけないとならないのは嗜癖からの回復には順番があるということです。
たとえばアルコールや薬物の問題があるのに、それらを放っておいてアダルトチルドレンの回復を目指すのは効率が悪いです。
そんなことをしていて死んでしまったら元も子もありません。

同様に性依存症という問題を放っておいてACや共依存症からの回復に目を向けるのも余り賢いやり方ではないように思います。
なぜならそんなことをしているうちに人生が破綻してしまったら踏んだり蹴ったりになってしまうからです。

【まとめ】
「人を故意に選ぶ」人生を送っていると必ず人間関係がトラブルまみれになります。
理由はモノ扱いされた人はうれしくないからです。

「人を哀れむことを愛と取り違え、自分が救ってあげれそうな人を故意に選ぶ」とは要するに救世主願望ということです。

救世主願望のために喰い物にしてきた人々への埋め合わせは、私たちがシラフを保ち、回復のための情報を提供し、人生の全領域におけるシラフを拡大させていくことです。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

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