性依存症を始めとした依存症の回復に『霊的な視点』が必要な理由!

「神が出てくるだけでも大変なのに、その上『霊的な視点』だと?もう訳がわからない」という方はおられませんか?
この記事は霊的な視点とは何かを明らかにし、霊的な視点を持たないと性依存症を始めたとした依存症の回復はおぼつかないことを解説しています。

        

1.性依存症を始めとした依存症の回復に『霊的な視点』が必要な理由

霊性とは何か?

性依存症のテキストであるホワイトブックには「霊的な視点について明かす最良の方法は個人の物語に言及すること」(46頁13行目)とあります。

なぜ依存症の回復に『霊的な視点』が必要なのでしょうか?
それは依存症という病が人格的な関係の欠如から引き起こされるものだからです。

霊的な視点とは『人格的な関係』から物事を見る視点

霊的な視点とは『人格的な関係』という視点から原因を探ることです。

此処で気をつけなければならないことはキリスト教世界で言われる「霊的」と日本的文化のもとで使われる「霊的」の意味はちがうということです。

日本的文化のもとでの「霊的」とは「霊魂」とか「幽霊&おばけ」であったり、なにか分けの分からないモヤモヤした気体のようなものだったりします。

これに対してキリスト教文化のもとでの「霊的」は「霊性」という意味で使われています。
では霊性とは何かと言えば、それは霊魂を持った存在としてのあり方・ありようを指しています。

これが最もよく現れるのが人間関係です。
自販機にコインを入れて飲み物を手にするのは機械的な関係です。
知り合いの店員さんにレジを打ってもらい、「ありがとう!」と言って店を去るのは人格的な関係です。

相手とセックスするのだけが目的で恋人と付き合うのは機械的な関係です。
相手のことを愛し、心を一つにしたいと願い、その延長線上に性的関係をもつことを人格的関係と言います。

霊的な視点でものを見るとは人格的な関係で物事を見ることです。

        

2.人格的関係とは性格上の欠点を使わない人間関係のこと

短所を使わない人間関係

一般には依存症は深い人間関係を持てなかった人がなりやすい病気と言われています。
この深い人間関係とは濃密な人間関係や依存的な人間関係を意味しておらず、人格的な関係ということです。

では人格的な関係とは何でしょうか?
人格的関係とは何かを知るためにはその反対の非人格的関係は何によってもたらされるかを考えることです。

非人格的関係は恐れが動機となった不正直行動であったり、利己的動機が原因の配慮の欠如によってもたらされる関係です。

人格的な関係とはこの反対の関係です。
要するに対人関係で不正直な言動をしない、利己的動機が原因の配慮の欠如に気づいたら即座に軌道修正を図ることです。

古い行動パターンに気づく方法

古い行動パターンは目に見えませんから気づきにくいものです。
どうしたら気づくことが出来るでしょうか?

a.ミーティング参加

仲間の分かち合いを聴いていて「この人の問題の本質は利己的にあるな」と思ったら、人を裁くところにとどまらないで「では自分はどうか?」と同じ物差しを自分自身に当てはめることです。

そうしたら人にやさしくなれます(笑)。

b.日々の棚卸し

ありのパパもご多分にもれず自分のことがちっとも分かりませんでした。

しかし中間施設の職員さんに「100日間は絶対に日々の棚卸しをやってください!」と鬼気迫る顔で言われ、「そこまで言うならやらなきゃな」と思ってやりました。

そうしたところ「悪いのは相手に決まっている。私は無罪である!」と思いこんでいたのが、実はそれは大きな間違いであることに気づきました。

そして「他人は変えられない。変えられるのは自分だけ」であり、自分の側のあやまちの正確な本質を知り、それを変えていくなら自分自身(共存・安全・性本能・将来野心)は傷つかなくなるということを知ったのでした。

これが分かったとき「なんだ。すべては自作自演の一人芝居だったのか!」と笑えてきたのを覚えています。

        

3.人格的関係をもつには新しい行動パターンを使う

人格的関係

不正直行動をしないことと利己的振る舞いをしないことを守っていけば、人間関係はごく自然に人格的関係へと変わっていきます。

ここで大切なことは「古い行動パターンを使わないぞ!」と力むのではなく、新しい行動パターンを100%全力で実践することです。

「古い行動パターンを使わないぞ!」と力むと必ず失敗します。
だから失敗したくなかったら「使わない!」と力むのではなく、「新しい行動パターンを使うぞ!」と全力投球することです。

たとえばありのパパの新しい行動パターンは「すべての人に敬意をもって接することに全力を尽くす」ことですが、これを使い続けていると人間関係が次第に人格的関係へと変化していきました。

当然のことですが建前だけの本心を偽った言動を取るとすぐさま人格的関係は機械的関係へと変質していきます。
そして人格的関係が失われれば、嗜癖を使わざるを得ない状況がふたたび戻ってきます。
要するに私たちには建前で物を言う自由は永遠に失われたのだということです。

この記事をお読みになって「なぜ依存症からの回復に『霊的な視点』が必要なのか?」がお分かりになったでしょうか?

「まだちょっと分からないところがある」という方はコメント欄から教えてください。
さらにブログ記事を通してお答えさせていただきます。

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