嗜癖行為と行動パターンの関係を理解すると回復がメキメキ促進する!

歴史ドラマを見ていると「外堀を埋められた」「内堀を埋められた」などのセリフを聞くことがあります。
私たちの人生もお城に例えることが出来ます。
人生という名のお城の外堀は性格上の欠点からくる行動パターンを指し、内堀は嗜癖行為を指しています。

1.外堀は性格上の欠点からくる行動パターン

外堀

性格上の欠点を使いながら生きていく人生はあたかも外堀を敵に埋められつつあるお城のようなものです。
ある人は「外堀が埋められても大丈夫。まだ内堀がある」と自分に言い聞かせ、現実から目をそむけます。

「人が怖い」という人への恐れが動機となって不正直な対応を人々に取り続けるとどういうわけか人間関係のトラブルに会いやすくなります。
ここでは「どういうわけか」と書きましたが、じつは不正直行動をする人が人間関係のトラブルに見舞われるのは不思議でも何でもありません。
至極当然のことです。

この至極当然のことが分からず、「自分はこんなに我慢しているのになんでトラブルばかり起きるのか?」と本人は当惑しています。
この本人とはこの記事を書いているありのパパのことです。

相手の視点で考えることが大切です。
もし皆さんが何でも正直に話してくれる人と、皆さんのことを恐れ、おびえている人がいたとしたら、どちらの人のほうに好意を感じるでしょうか?

当然、正直に話してくれる人のほうです。
そればかりか自分のことを恐れている人には怒りさえ感じるものです。

なぜだかお分かりですか?
その理由は「相手を恐れる」と、相手には「私のことを嫌っている」と受け止められてしまうからです。

原因は「恐れ」が発する信号と、「きらい」が発する信号は相手には見分けが付かないからです。
「見分けがつくのが当然」と天才的な誤解をしているのは当人だけということになります。

「相手を恐れるのと嫌うのは違うことでしょう?」と思う方もおられるでしょう。
もちろん「嫌いだけど恐れていない」というケースはありえます。
この場合は「バカにしている」ということになります。

しかし「恐れているが嫌いではない」というケースがどれほどあるでしょう。
ほとんどないと思います。
なぜなら恐れを感じさせる人を好きな人はいないからです。

相手が自分に恐れを抱かせているのであれば、どちらにも問題があるということになりますが、問題の核心は私たちの側で勝手に人々を恐れているというところにあります。

2.人生の内堀は嗜癖行為

内堀

性格上の欠点からくる行動パターンを使い続けていると、人生という名のお城の外堀が徐々に埋められていきます。
この段階では多くの人が高を括っています。
「みんな同じことをやってる」とか「人間なんてこんなもんさ」とか薄っぺらな詭弁を使って自分をだまします。

この段階で止まる人のほうが多いですが、さらに事態を悪化させる人々もいます。
それが依存症や共依存症者と呼ばれる人々です。

12ステップが教える性格上の欠点は四つしかありません。
利己的・不正直・恐れ・配慮の欠如です。

「人が怖い」という人への恐れが動機となって不正直な対応をしたり、「私の願う通りのことをしてくれて当然」という利己的動機に支配されていると当然のことながら人々に対して配慮することができません。

そして結果として人々との間にトラブルが発生します。
トラブルが発生すると本能が傷つき、感情が暴走します。

暴走した感情のことを不快感情と言います。
不快感情も四つしかありません。
恨み・罪悪感・恐れ・後悔です。

不快感情への対応方法はいくつかあります。
一つ目は怒りが他者への攻撃という形で現れます。

二つ目は自分自身への攻撃という形で現れます。
これは多くの場合に心身の不調、たとえばウツをはじめたとした心の不調、腰痛などの体の不調です。(もちろん不快感情が原因でない心身の不調もあります)

三つ目が嗜癖行為です。
多くの人にとって嗜癖にふけることは自分自身を心身の不調から守る唯一の選択肢でした。
しかし嗜癖行為が自分自身にとっての便利な道具である期間はいつかは終わりを告げます。
そして気がつけば嗜癖の奴隷になっており、一人前の依存症者になっているというわけです。

アダルトチルドレン(AC)も例外ではありません。
ACは「13の問題行動」を嗜癖として使っている依存症者だからです。
例えば一番目の「人が怖いので人々から孤立することを嗜癖として使う」を見てみると「人が怖い」のは性格上の欠点の恐れを使っていることであり、「人々から孤立する」のは嗜癖行為です。

これは周りからは分かりにくいことですし、何より本人が分かっていません。
ありのパパも当初は「孤立を嗜癖として使っているだなんて人をバカにするのもいい加減にしろよ!」と激おこプンプン丸状態でした。

しかし少しずつ自分が見えてくるにつれて(否認が解除されるにつれて)、「孤立することを嗜癖として使っていた」と認めることができるようになりました。

3.「嗜癖を止める」⇒「行動パターンを変える」が回復の順序

人生ゲーム

人生という名のお城が落城するのはまず外堀が埋められ、次に内堀が埋められて「ゲーム終了!」となります。

では反転攻勢をかける際にはどの順序でやるのがよいのでしょうか?
それはまず嗜癖を止めることです。
その次に行動パターンを変えることに取り組みます。

本質的な解決策は行動パターンを変えることですが、いったん依存症回路が脳の報酬系にできてしまうと不快感情があろうがなかろうが「嗜癖を使え!」とウソを教える強迫観念が襲ってきます。

もちろん不快感情がなければ強迫観念が教えるウソを容易に見破ることができます。
しかし強迫観念が襲ってくることには変わりがありません。
だからまず「例外なしに嗜癖を使わないと決心する」ことが何より重要です。

この状態では行きづらいままであり、「回復したとは言うものの、なんでこんなに生きづらいのか?」と感じます。
しかしたゆまずに日々の棚卸しと祈りと黙想を続けていると、段々と自分の姿が見えてきます。
それで「古い行動パターンを使わず、新しい行動パターンだけを使って生きていこう!」と決意と実践が強まります。

そうすると生きづらさがだんだんと解消されていき、「もし依存症にならなければ心の平安を経験することもなかった。だから私にとって依存症になったのはよいことだった」とさえ感じるようになります。

そしてこの過程が一生続いていきます。

「苦しみに会ったことは私にとってよいことでした。なぜならそのことを通して私は神のおきてを学ぶことができたからです」
[聖書詩篇119:71]

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◎回復と平安と祝福を祈っています。

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