アダルトチルドレンは性本能の抑圧を止めて本来の自分を生きよう!

性本能の抑圧とはどういうことでしょうか?
「よく分からない」という方もおられるでしょう。
しかし実はよく分からないというのが抑圧している証拠なのです。
この記事ではACが性本能を抑圧する理由を明らかにし、回復の方法を解説しています。

        

1.性本能の抑圧がアダルトチルドレンにとって問題になる理由

偽りの自分を演じる

ACが子供時代を生き抜くためにはどうしても何らかの役を演じることが必要でした。
それはピエロ・ヒーロー・救護者・透明人間などです。

当たり前のことですが役を演じている間は本来の自分自身を生きることができません。
もっとも人は何らかの役を演じているものです。
その役が本来の自分自身に近い役であれば、楽しく演じることができ、うまく演じることもできます。

しかし自分自身とは全然違う役を演じなければならない時、どこか白々(しらじら)しくなるものですし、楽しくもないし、上手に演じることもできません。

これの真の問題は子供時代に本来の自分を演じることをしなかった人は大人になってから「自分は何者か?」という性的同一性(性的アイディンティティ)の問題に悩むようになるということです。

「いい子」を演じていた人は大人になってから「性的側面をもつ自分自身」を受け入れることができず、それを行動に表すことにも苦手意識を持ちます。

透明人間を演じていた人が大人になると、そもそも透明人間だった自分がどのようにして性的行動を表していけばよいのか皆目見当(かいもくけんとう)がつかないということになりがちです。

以上がアダルトチルドレンが性本能を抑圧する理由です。

        

2.どのようにして性本能の抑圧を解決するか?

本来の自分を見出す

①12ステップの棚卸しによって回復する

性本能の抑圧についての記述が性依存症の12ステップ本ではなくACの12ステップ本に書かれているのは注目すべきことです。

ACと言えば性的なことから一番遠いところにいる人々ではないかと思われますが、実はそうではありません。
本当の問題は「なぜ性的なところから一番遠いところにいるのか?」です。

ACは一般的に「異性を愛してもいいと思えない」「パートナーに愛される自信がない」と感じています。
そのように考えるのは性本能を抑圧しているからです。

ここからはありのパパの例を出して説明します。
18歳の時にキリスト教に入信しましたが、通っていた教会が敬虔派とか敬虔主義と呼ばれる教会だったこともあり、それまで以上に性的部分を押し殺しました。

これを12ステップに当てはめると、本当はそんな自分ではないにもかかわらず良い評判を得たいために(利己的)、偽りの自分を演じ(不正直)ました。

その結果として性本能が傷つき、不快感情の罪悪感が暴走しました。

もう一つは本当の自分をさらしたら拒絶されると恐れました。
それで本当の自分を出さないという不正直行動をしました。
その結果、後悔という不快感情が暴走しました。

このように書いていくと自分でも呆(あき)れるぐらい自作自演の一人芝居だったことが分かります。
明らかなことは私たちは被害者ではなく、問題の当事者だということです。

②生育歴に焦点を当てる方法の問題点

大人になってからもアダルトチルドレンが性本能を抑圧する理由は何でしょうか?
ある人は「それは子供時代の経験を大人になっても引きずっており、知らず知らずのうちに性本能を抑圧しているのだ」と言います。

もしこれが正しい理解なら「あぁ、そうか。私は子供時代に使ったのと同じ手を使っていたのか!」と気づけば、性本能を抑圧することはなくなるはずです。

しかし気づいたり分かったりすることと、回復することは多くの場合つながらないというのがACの一般的な経験です。

原因分析というものは幾通りもの見立てが可能です。
しかし回復に繋がる見立てはそんなに多くありません。
あっても一つか、多くて二つです。

12ステップが提供する見立ては「依存症になる経過をいくら分析しても回復にはつながらない。回復しようとするなら棚卸し・新しい行動パターン・埋め合わせの三つに取り組むこと」というものです。

アルコール依存症者が「オレはなんで依存症になっちゃったのか?」といくら悔やんでも仕方のないことです。
よくて「そうだ。節酒しよう!」ぐらいのアイデアが浮かぶぐらいです。
しかし節酒できれば誰も苦労しないのであり、それができない自分を認めるのが依存症からの回復のスタートです。

これと同じでACも生育歴をどれだけ論(あげつら)っても問題は全く解決しません。
そんなことをしている暇があったら棚卸しに取り組むほうがよほど生産的です。

        

3.罪悪感と後悔の感情が暴走

罪悪感と後悔

共存本能が傷つくと恨みの感情が暴走し、安全本能が傷つくと恐れの感情が暴走します。
(これはいつでもそうであるとか、これ以外の感情は暴走しないと言っているのではありません。多くの人の棚卸しを聞かせていただいたありのパパの経験では「そういうことも言える」というのに過ぎません。)

不快感情は四つあり、あとは罪悪感と後悔です。
ありのパパはずっと「自分には罪悪感と後悔はない」と思っていましたが、とんでもない勘違いであると知りました。

性本能を抑圧することによって罪悪感と後悔の不快感情が暴走していました。

ここまで来ると性本能の抑圧という問題の解決策は新しい行動パターンを使うことであると理解することができます。

ちなみにありのパパの新しい行動パターンは「すべての人に敬意をもって接することに全力を尽くす」ですが、これと性本能の抑圧とはどのような関わりがあるのでしょうか?

敬虔な人と思ってもらいたいというのは利己的でした。
また本当の姿を知られたら拒絶されると思ったのは恐れでした。
それで違う自分を演じたのは不正直でした。
四つしかない性格上の欠点を三つも使っています(笑)。

これからはどなたかに「ありのパパさんは敬虔ですね」と言われても、「そんなことありませんよ。ウハウハ!」とは答えずに「いいえ、そうではありません。私には多くの問題がありましたが『自分には出来ない。しかし神には何でもできるからである』と信じて、12ステップに取り組んだ結果、治ってはいませんが『今日一日だけ』回復を手に入れることができました」と答えるようにします。

これが新しい行動パターンを使うということです。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

https://wp.me/PEPCG-4vj

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