共依存からの回復の過程で陥りやすい三つの罠とは?

回復を目指す過程で陥りやすい罠が三つあります。

それは問題のありかを間違って理解すること、誰かを闇雲にゆるそうとすること、自分自身を厳しく裁くことが回復のジャマになることの三つです。

1.自分が問題なのだという認識と、性格上の欠点からくる行動パターンが問題なのだという認識は全く違う

問題が自分にあるとすると、「私が全部悪いのか?」ということになり、「死んだほうがマシだ」となりかねません。

しかし自分自身の性格上の欠点から来る行動パターンが真の問題であると理解できれば、「じゃ、行動パターンを変えればいいだけの話だよね」となり、「そんな自分は生きていても良い存在」ということになります。

この違いは重要であり、明確に理解しておく必要があります。
なぜなら天と地ほどの違いを私たちにもたらすからです。

2.回復するために誰かをゆるそうとする必要はない

①虐待・養育放棄・レイプ経験は許す必要はない

私たちが「ゆるさなければならない」と考えるのは恨みの感情を処理しようとしているからです。

しかし恨みの感情が出てきた原因をそのままにして、恨みだけを何とかしようとしても何にもなりません。

ことに相手に原因があって、こちらに恨みの感情がある場合に単に「ゆるそう」とすることは致命的な間違いです。

なぜなら許すということは不問に付すということであり、では虐待や養育放棄は仕方なかったのかということになるからです。

ですからこのような場合には決して許してはなりませんし、そもそも許す必要がありません。

そういうことから12ステップの棚卸し作業の中には虐待経験や育児放棄などの機能不全家庭で育ったことは棚卸しの対象になっていません。

棚卸し作業の中に虐待経験やレイプ経験を入れている人がたまにいますが、これは間違いです。

②それ以外の問題でゆるそうとすることについて

12ステッププログラムは「出てきた感情をどうするか?」ではなく、「なぜその感情が出てきたのか?」を問題にします。

なぜ感情が暴走したのか?
それは本能が傷ついたからにほかなりません。

ではなぜ本能が傷ついたのか?
それは性格上の欠点からくる行動パターンの一人芝居が原因でした。

このことを真に理解するために棚卸し作業があります。

12ステップに言わせれば、恨みなどの感情が出てきた真の理由をなおざりにして、単に出てきた恨みなどの感情だけを問題にしても仕方ないということになります。

もし出てきた感情だけを問題にして、「私は許します」と言い続けていれば必ず精神的・肉体的疾患に掛かるでしょう。

そのような愚かな真似をしてはなりません。

③真のゆるしとはどのようなものか?

真のゆるしとは、その人のことがどうでも良くなり、視界から消えてしまうことです。
りきみながら「ゆるします」というのは演技に過ぎません。

真のゆるしはかさぶたが取れるように自然に自分の中で起きることです。
「いつまでも許さないでおくことは自分にとって面倒くさいことだから、ここでしっかりとゆるしを宣言しておこう」という考えのもとでゆるします。

これが心理学的にも健全であり、回復のジャマにならない「人のゆるし方」です。

3.自分自身を厳しく裁いたり、セルフイメージが非常に低い原因はどこにあるのか?

①原因は共依存症

共依存症は他者・神・自分自身をコントロールしようとします。

病的なコントロール欲求が最も強く作用するのは自分自身に対してです。
強迫観念として出てくるコントロール欲求は存在そのものが病的ですから、当然のこととして発せられる要求も病的です。

たとえば達成基準は恐ろしく高いです。
内容も顕微鏡で見ないとわからないぐらい細かいです。

目標は高ければ高いほどいいというものではなく、また厳しければ厳しいほど効果があるというものでもありません。

高すぎる目標や、度の過ぎた厳しさは致命的な悪影響を及ぼします。

②解決方法

病的なコントロール欲求をそのままにして、自分自身に「ありのままでいい」と言っても効果はありません。

これはまるでお風呂が熱いからといって水を足しているのに、もう片方では風呂釜をガンガン熱しているようなものです。

本当の解決は病的な支配欲求が強迫観念から来ていることに気づき、それに対して無力を認めることです。

そして12ステッププログラムが提供する「共同体から受ける助けと支え」と「霊的に目覚める」という二つの解決策によって回復の道を歩みます。

◎回復と平安を祈っています。

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