アドラー心理学入門・アドラーの人生論的アプローチは回復に有益!

(2020/11/25記事更新)この記事は「アドラー心理学入門」(岸見一郎著)をご紹介する二回目の記事です。

1.人生の意味は自分で決める

世間から見て及第点の幸せを目指す生き方は死を前にして色あせます。
出来るなら死を前にして気がつくのではなく、元気なときに気がつきたいものです。

究極的なことを言えば、人生の意味はありません。
生きているから、生きるのです。
いやもっと言うと、生かされている限りは生きなければならないのです。

生まれてくることと、死んでいくことの二つは人間が決められないことです。(安楽死や尊厳死の問題はまた別の問題です)

①他人を気にしない

すべての人が自分を気に入るなどということはあり得ないことです。

逆に言うと、敵がいない人は非常に窮屈な生き方をしているということが出来ます。

なぜなら普通に生きていれば必ず敵が出来るものなのに、それにもかかわらず敵がいないということは敵ができないように全力を振り絞って八方美人を演じているからです。

②失敗を恐れない

人の期待に添って生きていると、機敏に動くことが出来なくなります。
それは人の期待を背負っており、人を失望させることを恐れるからです。

「やれば出来るのにやらない子」がいます。
これは「やればできる」という可能性を残しておきたいのです。

逆に言えば、親から「出来ない子」と思われることを恐れていると言えます。

さて、子供を恐れるようにさせたのは、どこのどなたでしょうか?(笑)

③私は他人の期待を満たすために生きているのではない

どなたかが入院して、あなたが見舞いに行ったとします。

そのお見舞いは入院した人のために行ったのでしょうか、それともご自分が見舞いに行きたいと思ったから行ったのでしょうか?

「自分が来たいから来た」という人のほうが入院患者にとってありがたいものです。
「来ないといけないから来た」というような人になど本当は会いたくはないのが人の本音です。

④今したいことをしているか?

将来の進路を強制する親に向かって、あるお嬢さんは次のように言いました。
「私がお父さんの意見に従って、この大学に行ったとして、四年後にこんな大学行かなければ良かった、と私が思ったら、そのときお父さんは私に一生恨まれることになりますが、それでもいいですか?」

この話を読んで、ありのパパは二つのことを思いました。
ひとつは毒親なら、こんなことを言われても自分の意見を翻さないだろう。
もうひとつは子供がアダルトチルドレンなら、反論するということさえ思いつかないということです。

しかしどのような境遇にあったとしても回復の道を歩み、ついには自律的行動の出来る人になりたいものです。

⑤責任について

自由に生きたいなら結果についても引き受けなければなりません。
自由な生き方をするあなたを嫌う人が出てきても、それを自分の自由な生き方の結果として受け入れる必要があります。

しかし案外私たちは自由には生きたいが、責任を引き受けるのはいやだと考えがちです。

これを指してアドラーは人生の嘘と呼びました。

⑥他の人は私の期待を満たすために生きているのではない

自分が人のために生きないとしたら、他の人もまた私のために生きているのではないということを認める必要があります。

ありのパパが人に親切をして、それに対してその人が「ありがとう」を返さないとき「むっ!」とすることがありました。
この問題の解決は「むっ」とするたびごとに自分自身に向かって「私が私のために生きているように、この人もまた自分のために生きているのであり、私のために生きているわけではない」と言い聞かせるようにすることによってです。

このような営みを繰り返すことによって、知らぬ間に人に親切にしても相手の反応を全く気にしない自分になっていました。

⑧言葉を重視する

助けて欲しいときは言葉にする必要があります。
相手が察して当然だとする考え方は人間関係のトラブルの原因になります。

a.分からないと思って付き合う

人はわかりあえないと思っているからこそ、言葉が重要になります。

人はわかりあえると思っていると、「なぜ分かってくれないのか?」という不満を持つことになります。

b.恐れと不正直の問題

自分の心の中に恐れがあると相手に対して不正直な対応をしがちです。

それは相手が自分を傷つけるのではないかという恐れが、私たちをがんじがらめにして身動きできないようにするからです。

⑨自分が人生を創っている

人は自分が意味づけした世界を生きています。
ある面では自分が世界を不断に創造しているということが言えます。

「いつか捨てられる」という考えを持っていれば、相手の何気ない行動をそのフィルターを通して見てしまいますから、いつかはその思った通りの現実が自分の世界になります。

ではどうしたらよいかと言えば、世界は自分が創っているのだという事実に気づいていくことです。
そして不毛な一人芝居をやめることです。

⑩楽観主義と楽天主義

楽天主義とは何が起こっても大丈夫、悪いようにはならないと考えることです。

楽観主義は現実を見据え、現実をありのままに見て、そこから出発します。

自分の子供を見ると大丈夫でない現実があるとします。
楽天主義とは、大丈夫何とかなると考え、結局何もしないことです。

お子さんの問題でカウンセリングをしていて、親御さんの最後のせりふが「分かりました。様子を見てみます」であることがあります。

このようなとき、ありのパパは心の中で失望します。

なぜなら「様子を見てみます」で終わるカウンセリングは失敗であると言われているからです。

アドラーは楽天的な人は間違いなく悲観主義者であると言っています。

それは「あらかじめ決まっている」と考え、何もしないのは自分をそのように見せかけているだけだからです。

⑪真剣なのと深刻なのは違うこと

人生を楽しもうと思うなら、真剣である必要があります。
しかし、深刻でありすぎると、人生を楽しむことが出来なくなります。
トランプのゲームをしていて、自分が不利になったら「ごめん、今のなしにして」と言ったら、ゲームの楽しみはなくなります。

⑫出来ることから始めよう!

他者のために生きる秘訣は、全世界のためとか、世のため人のためとか気張らないで、目の前にいる一人のために生きることです。

自分にとって出来ることは一人一人みなちがいます。

そしてそれは誰かに強制されることにはよりません。
なぜなら強制される世界に自由はないからです。
あくまでも自覚的に自分自身が選び取ることが必要です。
ここでも「人生の嘘」を用いて、自分が選び取ることの出来ない言い訳をすることも可能です。

さて、私たちはどちらの生き方を選び取るべきでしょうか?

2.欠くことができない三要素、それは自己受容・他者信頼・他者貢献

①自己受容

自己受容できるためには他者に貢献できることが条件になります。
他者に貢献できるような自分であるからこそ、自分自身を受け入れることができるというわけです。

これはありのパパの理解とは異なっています。
たとえ自分でさえも自分自身を受け入れられなくても、神が「あなたは私の目に効果で尊い」と言ってくださる故に自分を受け入れることができると、ありのパパは考えています。

②他者受容(他者信頼)と他者貢献

他者貢献できるためには他者を信頼できていなければなりません。
なぜなら信頼できない人に貢献しようとは思わないからです。

ですから次のように言うことができます。

他者貢献は人のためならず。他者貢献は自分自身を受容するための必須の条件なのですから。

③他者に貢献できなくなった自分は価値のない存在か?

そうではありません。
なぜなら、かつて他者貢献できていたという事実が、現在の自分を受容する根拠になり得るからです。

そうならない場合(たとえば引退などして意気消沈しているような場合)、どこかに事実の見落としがあります。

たとえば引退したり、病気になったりして自分は他者貢献できないというような場合でも、祈ることは可能です。

キリスト者でないと祈ることの重要性を認識することはないかもしれません。
しかし「祈りの母の子は滅びない」という言葉が教会では昔から言われてきました。

ありのパパもすべてのなかで祈りが最も重要であると認識しています。
祈ることはどんなに年老いても生きている限りできる仕事です。

3.子供を甘やかす親が、甘やかされた子供を育てるのではない

甘やかすという親の行為が自分にとって利用価値があると、子供自身が考えたとき、子供は「甘やかされた子供」になるのだとアドラーは考えます。

まず課題を分離する

課題を分離するとは、最終的に責任を負うのは誰かを考えるということです。

勉強しないと困るのは子供ですから、親が子供に対してイライラするのは的外れということになります。

これは「誰の課題か?」ということが明確になっていないときに起きることです。

「勉強しないで困るのはあなたであって、親の私ではない」という言葉が、親の本音から出ていることはとても少ないようです。

しかし、子供の力だけでは解決できない問題の場合はどうしたらよいでしょうか?
これを「共同の課題」と呼びます。

たとえばリビングに付けっぱなしのテレビが置いてある場合に、「そのテレビを見るという誘惑に勝てないのはあなたの問題である」と言えるでしょうか?

問題の本質は、そのテレビを管理できていない親にあると思うのです。

大体においてテレビを見すぎる子供の親御さんもまた、テレビを見すぎている場合が多いようです。

これが課題を分けるということの意味です。

4.アダルトチルドレンはどうか?

いつまでたっても回復しないアダルトチルドレンは、疾病利得(しっぺいりとく)を得るという目的のために自ら回復を拒んでいるのかもしれません。

疾病利得とは病気でいるほうが自分にとって得だから、無意識のうちに病気のままでいることを選び取っている状態を指しています。

しかし回復しようとする意志が明確であるなら、時間は掛かったとしても必ず回復します。

アダルトチルドレンにとっての回復とは、子供時代を生き抜くための手段であった「使い慣れたやり口」を手放すほうが自分にとって得であると、自分自身を納得させていくことでもあります。

5.言葉による問題解決

人と人は分かり合えないという前提があるから、話し合うほかはないということになるのです。

決して「話し合っても、わかりあえるはずはない」と諦めてしまうのではありません。

○縦の人間関係は人の心の健康を損なう最大の原因

○横の人間関係が最も健康的な人間関係

人は水平面に生きています。
優劣はなく、ただ先を行っている人と、後を行っている人がいるだけであり、その皆が協力して全体として進んでいくのです。

これは12ステップ共同体の有り様を示してもいます。

6.決定論に反対するアドラーの真意

よく言われるようにアドラーは原因論に反対しましたが、真意は全否定ではなく「影響を与える因子ではあるが、真の原因(決定因)ではない」ということのようです。

「夜と霧」で有名なフランクルはトラウマについて「後々まで残る心的外傷という考えは根拠薄弱である」と述べています。
しかしこのような考え方は現代の心理学の世界には受け入れられないでしょう。

ただし「トラウマの影響で今の私がある。だから仕方ない」と考えているなら、それも間違いであると言わなければなりません。
なぜなら回復しようという意志があるなら、必ず回復することができるからです。
回復しないでいることは自分自身の怠慢であるということができます。

①アドラーのトラウマ理解

心的外傷後ストレス障害のケース、あるいはアダルトチルドレンのケースに共通しているのは、強い抑うつ、不安、不眠、悪夢、恐怖、無力感、戦慄などの症状、あるいは極端な活動性は過去の精神的・身体的な苦痛、、家族からの拒否や虐待といった外界の理由により「心が傷つけられて」いるために起こると、現在では考えられています。

しかしアドラーは「このように考えることは、人がいかなる場面においても選択しうるという可能性を認めず、人は外界からの刺激に反応する存在にすぎないと考えることである」と言います。

アドラーは「いかなる経験もそれ自体は成功や失敗の原因にはなり得ない。私たちは経験によって決定されるのではなく、経験に自分が与えた意味によって決定される」と述べています。

アドラーの致命的な誤りは、トラウマは本当はトラウマではなく、自分自身が出来ない理由としてトラウマを利用するのであると考えたところにあると、ありのパパは思っています。

真実はそうではなく、トラウマはどこまで行ってもトラウマなのです。

なぜなら私たちアダルトチルドレンはトラウマだと気づいていない時点で既にトラウマの影響を受けて人生に不具合を感じていたからです。

これはトラウマを利用しているというアドラーの主張を真っ向から否定することです。

②正しいトラウマ理解

現在では疾病利得(しっぺいりとく)ということが言われています。

これは病気が治るよりも治らないほうが自分に利益があると考えるとき、人は病気にしがみつくという考えです。

精神分析学ではトラウマとなっているものが明らかになるとトラウマから来ている不具合は解消されると考えます。
しかし、ありのパパは長期間にわたって精神分析を受け続けている人を知っていますが、少しも良くなる気配がありません。

これは確かにアドラーが言うように「自分が出来ない理由に、その出来事を採用したのです」と言えるかもしれません。

ではバランスの取れた適切な理解とは、どういうものでしょうか?

ありのパパは以下のように考えます。

「こうなってしまった原因は自分以外にあることをしっかりと認める。それはある場合には養育者である。
しかし、良くなる責任は養育者にはなく、本人にある。
そしてどのようなトラウマを抱えていたとしても回復することが可能である。」

このようなわけで、ありのパパはアドラーの心理学は回復には大変有益であり参考にさせていただきますが、トラウマ否定についてはシカトいたします(笑)。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

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