神と自分と自分自身の関係が修復されると、人間関係がうまく行く!

(2020/08/11記事更新)「人間関係がゴチャゴチャでどこから手を付けていいか分からない」という方はおられませんか?
この記事は神との関係⇒自分自身との関係⇒他者との関係の順番でやるとうまくいくことを明らかにし、方法を解説しています。

1.横の関係は人間関係

人間関係

①他者と自分の関係

人によって性格の異なる人間関係を持つものです。

ある方は従属的・隷属的関係を人との間に作ります。
それでいて「何であの人は、ああなのか!」と常にストレスをためています。
そして自分から進んでそのような関係を作っていることに気づいていません。

また、ある方は対立的な人間関係を作ります。
いわゆる喧嘩腰(けんかごし)というやつです。
自分が喧嘩腰なのは棚に上げて「人生って、つらいね」と泣き言を言っています。

ありのパパの人間関係は孤独型です。
これはアダルトチルドレンからくる孤立的生き方を統合した結果です。

統合作業を行う以前は孤立そのものの生き方でした。
それが統合作業を行うことによって孤立的生き方からは回復できました。
しかし、やっぱり孤独を愛していることには変わりがありません。
自分でも孤独のほうが安心するので、それで良しとしています。
(この孤独を愛する生き方は内向型もしくはシゾイド人格障害から来ていると理解しています)

②人間関係をまずくする原因は自分の性格上の欠点

どのような人間関係を作っているとしても、人間関係がまずくなる原因は相手ではなく、自分の中にあります。

それは自分の性格上の欠点です。
利己的、不正直、身勝手&恐れ、配慮の不足の四つです。

「相手にも問題があるでしょ!」と言われる方よ。
それがあなたの問題であり、すぐ人のせいにするという、あなたの短所です(笑)。

③横の関係を何とかしようとするなら、その前に縦の関係に目を留める

巷(ちまた)には「こうすれば人間関係はうまく行く!」と題した書籍があふれています。
これらの書籍は「自分が変われば相手も変わる」という天才的な勘違いにもとづいており、「こうすれば相手はあなたの思い通りになる」という病的なコントロール欲求がむき出しになっています。

真実は「私が変わっても、あの人は変わらない」のであり、「だれも支配欲求むき出しのコントロール欲求などに従う人はいない」のです。
こんなことは、ちょっと考えれば誰でも分かることです。

横の関係を良くしようとするときに、横の関係だけを何とかしようとするなら、私たちはホープレスです。
しかし自分に絶望して、縦の関係に目を留めるなら人生に革命が訪れます。

2.縦の関係は神と私の関係

①神は私たちの一番深い所におられる

どなたであっても「心の一番深いところ」に神がおられます。
心の一番深いところとはどこでしょうか?

普段、表に出てきているのは「顕在(けんざい)意識」と呼ばれているものです。
その奥にあるのが「潜在意識」です。
潜在意識とは今まで私たちが生きてきて様々な体験の集積です。

たとえば悲しい体験をしたとします。
十分に悲しむと傷になりませんが、周りの人の「こんなことぐらいで泣くんじゃない」とか、自分でも「こんなこと、どおってことない」と思いこんでしまうと、悲しみの体験は心の深いところに抑圧・封印されてしまいます。

またアダルトチルドレンですと「次のトラブルが起きる前に何とか体勢を立て直さないといけない」という緊迫感が常にありますので悲しみを感じている暇がありません。
このような場合もやはり抑圧・封印され、やがて時至(ときいた)って心と体に抑圧した結果が現れることになります。

一般的には潜在意識が一番心の深い場所とされていますが、実はそうではありません。
潜在意識のその奥に神がおられる場所が存在します。

それで顕在意識である自分と神が手を結んで、その間にある潜在意識をコントロールしているときにだけ、私たちは回復可能となります。

②自分を超えた大きな力

一番の特徴は「自分を超えた大きな力」であるということです。
だから問題の核心は「私が無力である」ということです。
そうすると当然のこととして問題の解決は「(無力である)私を超えた大きな力」ということになります。

多くの人々が勘違いしているのは自分の無力を認めずに「どんな神を信じればよいか?」を問題にしていることです。
こうなるとそれは宗教であり、信じる人の心と生活を変えることが出来ません。
もし信じることによって自分を変えたいなら、信じる前に自分の無力を徹底して認めることです。

キリスト者の方とお話していて感じるのは、「無力ですよね〜」とは仰るのですが、一向に棚卸しに取り組もうとしないし、言葉の端々に「そうは言っても私が神様をお助けするのだ」という万能感が透けて見えるということです。
これがキリスト者が信仰を持っていても自分の人生が変わらない理由です。

③自分なりに理解した神

12ステップは霊的なプログラムであると言われます。
これが言おうとしていることは「宗教的なプログラムではない」ということです。
「宗教的」という言葉の対局にあるのは「世俗的」という言葉です。
世俗的プログラムとは「考え方を変えれば、すべてはよくなる」といった類のものです。

霊的プログラムは宗教的プログラムと世俗的プログラムの中間に位置しています。
「神」とか「ハイヤーパワー」という言葉を使いますが、神の概念について議論することはありません。
どんな神を信じるかは全くの自由です。

3.縦と横が交わるところが自分と自分自身の関係

人間関係は自分と自分自身の関係の投影にすぎません。
どのくらい自分と自分自身が良い関係を保っているかが対人関係を決定します。

自分自身との関係を良くしようと思うなら「神と私」の関係を避けて通れません。

なぜなら自分の力では自分自身と良い関係を持つことは出来ないからです。

ありのパパは祈りと黙想の時間に自分自身に向かって語りかけるのですが、自分自身の応答を聞いて笑うことがあります。

私「神はあなたを愛しておられる」
自分自身「知ってる」
私「私もあなたを愛している」
自分自身「それは知らなかった」
私「………、これから愛することを学んでいこう」
自分自身「それだったら、話が分かる」

◎回復と平安と祝福を祈っています。

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