共依存の根底にある病的な支配欲求を取り除くと生きるのが楽になる!

(2020/05/11記事更新)私たちが人の言いなりになる本当の理由はそこから利益を得ようとするからです。
これを病的な支配欲求と言います。
この記事は病的な支配欲求のカラクリを明らかにし、そこから解放される方法を解説しています。

1.共依存の本質は病的な支配関係

病的な支配欲求

健全な人間関係とは相手を支配しようとしない関係であると言えます。
問題は支配のバリエーションが多いがゆえに、私たちはいとも簡単に「私は支配なんかしていない」と錯覚してしまうことです。

たとえばもっとも支配から遠いと思われる「相手の言うなり」があります。
しかしこの「相手の言うなり」とは「私はあなたの言うことを何でも聞くから、あなたは私の思い通りの人間になってね」というものです。
これを共(きょう)依存と呼びます。

結局これは支配以外の何物でもありませんから、共依存の対象にされた人は反発しますし、嫌悪感を持ちます。
しかし 共依存している方は「何でこんなに尽くしているのに、あなたは反発するの?」と相手が反発する理由が皆目(かいもく)見当(けんとう)がつきません。

2.共依存症者が相手に変わってもらいたいと願う理由

相手に変わってもらいたいと願う理由にはいくつかあります。

①単純な支配欲求

この場合は支配を手放せば良いだけですから、問題は単純です。
(もちろん単純ではあってはも簡単ではありません)

②「これが出来なければダメ」と思い込んでいる

「これが出来なければ」の対象に自分以外の誰かが含まれている場合はやっかいです。
そもそも自分でさえ変えることは超むずかしいのに、相手を変えようなどとはおこがましいにもほどがあるというものです。

③「自分が変われば相手も変わる」と思い込んでいる

この罠に、はまる人は大体決まっています。
カウンセリングなどの講習を受けて「そうか。相手を変えようとすることが問題の原因なのだ」と納得します。
納得はするのですが、根本的な生き方を変えようとはしません。
それで次善(じぜん)の策として「ひょっとして自分が変われば相手も変わるんじゃね?」と期待するというわけです。
これは相手を支配しているのと同じことです。

この罠に陥っている方が、そこから脱出する道は「自分は自分である。『そして』相手は相手である」という距離感をつかむことです。
「そして」のところに「だから」や「しかし」などが入らないようにします。

3.共依存という嗜癖を使わない決心

ご自分がどのような支配の型(タイプ)かが分かったら、今度はそれを使わない決心をします。
はっきりとした文章の形にして、決心したことを確認できるようにするのが良いでしょう。
そしてそれを毎朝、読み直し、再確認します。

なぜそんなことをする必要があるかと言えば、それは「使わない」という決心の効力は一日限りだからです。
前日決心したはずの病的な支配欲求は、今朝起きたらあなたの枕元に置かれてあります。
「あら、神様が戻してくださったのかしら?」などと寝言を言わないで、「神様、今日も私は支配を手放します。よろしくお願いします」と祈ります。

4.病的な支配欲求と放棄してはならない養育責任

もしあなたがお子さんを手放して「あぁ、せいせいした」と思うなら、それは養育放棄でしかありません。
自分が親にされて悲しかったこと、苦しかったことを、自分の子供にしてはなりません。

お子さんが勉強しないなら、なぜ勉強しないのかを考える必要があります。
案外お母さんがテレビを見すぎているので、子供がそれに影響されてテレビを見すぎてしまい勉強に身が入らないということがあります。

これを申し上げると、ある方は「私にもほっと出来る時間が必要です!」と仰います。
このような応答をされる方に「問題なのは誰?お子さん、それとも……」と言うと、大体わかっていただけます(笑)。

使わない決心をしなければならないのは病的な支配欲求(共依存)です。
手放してはいけないのが養育責任です。

子供が勉強するように仕向けていくのは親の責任です。
それを「うちの子はちっとも勉強しないんです」と他人事(ひとごと)のように言うのは養育放棄でしかありません。

しかし子供が将来どんな人になりたいか、どんな職業につきたいかなどは、百パーセント子供の自由にさせないといけません。

状況によっては、何が病的な支配欲求で、何が養育責任なのかを判断することが難しいときもあります。
そんな時は祈って神の意志を知り、それを実践する力を求めます。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

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