結婚に関する聖書の教えは現代教会が教えることとは異なっている!

(2020/04/20記事更新)結婚について聖書がどのように教えているか関心はありませんか?
この記事では聖書が教える結婚についての教えを解説しています。

        

1.「欲求をコントロールできない」をどのように受け止めるかで、この箇所の理解は決まる

「もし自分の欲求をコントロールできないのなら、結婚しなさい。欲求が暴走してしまうことに比べれば結婚したほうがはるかに良い」〔コリント教会への手紙第一7章9節〕

ありのパパのこの聖書箇所の理解は大変厳しい印象を与えるかもしれません。
ありのパパの理解はマスターベーションを含めて一切の婚外交渉を欲求の暴走とするというものです。

要するにマスターベーションを我慢できないなら結婚したほうが良いということです。
もちろん「マスターベーションを我慢できないから結婚してください」と言われれば、ほとんどの女性は悲鳴をあげて逃げ去って行くでしょう。

ここで言っていることは、欲求が暴走しないようにコントロールできない人は「私は独身を守り、主にお仕えします」と言わないで、さっさと結婚してしまいなさいということです。

        

2.夫婦のうちのどちらかが信者で、もう一方が未信者の場合

「どんなに努力したところで人間が人間を救うことは出来ない。なおさら配偶者だからと言って相手を救えるとは言えないからである」〔07:16〕

現代教会の教えとこれだけ乖離(かいり)があるのも珍しいです。
教会では「信じて祈れば必ず主が家族を救ってくださる。聖書にも『主イエスを信じなさい。そうしたらあなたもあなたの家族も救われます』とあるから」と教えられています。
しかし聖書は「もし未信者が離れていくのであれば、離れるままにしておきなさい。そのようなケースでは信者は縛られることはない」と言っています。

        

3.一番大切なのは神の意志を知って従うこと

最後にパウロは至極(しごく)真っ当(まっとう)な意見を述べて次のテーマに移っていきます。

要するにこんな当たり前のことを言われなければならないほどにコリント教会は混乱していたのです。
また外見の華々しさにもかかわらず、内面の信仰の自律性は未熟であったということです。

私たちは「当たり前のことをやっていれば当たり前の結果がついてくる」という言葉の意味を深く思い巡らしたいものです。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

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