アダルトチルドレンが強迫観念に打ち勝つために霊的目覚めを得る!

(2020/04/20記事更新)アダルトチルドレンが霊的目覚めを得ないままなら決して回復はありません。
この記事はACの13の問題は強迫観念のリストであることを明らかにし、13の問題を使わないためには霊的に目覚めることが必須であるのを解説しています。

1.アダルトチルドレン(AC)と依存症の無力

アルコール依存症ならば問題になるのは肉体面での渇望現象と精神面での強迫観念です。
そして精神面での強迫観念はただ一つです。
それは「最初の一杯の狂気」と呼ばれるものです。

しかしACが持っている強迫観念は少なくとも13個もあります。(「洗濯物リスト」とか「問題リスト」と呼ばれるもの)
AC以外の12ステップに取り組んでいる人々はステップの1で肉体面での渇望現象と精神面での強迫観念に対して無力を認めます。

ACは「機能不全家庭で育った影響に対して無力」とか「アディクションに対して無力」に対して何に対して無力を認めます。
これは要するにACが持っている強迫観念に対して無力であるということです。

これは『ACは一生治らない。しかし回復することは可能。だから回復に専心しよう』ということです。
ですからACにとっての回復とは強迫観念のスイッチが入らない生き方を身に付けるということになります。

2.強迫観念のスイッチが入らない生き方と霊的目覚めの関係

霊的目覚めとは回復するのに十分な人格の変化です。
ではACにとっての霊的目覚めとは何かと言えば、それは強迫観念のスイッチが入らない生き方をするのに十分な人格の変化ということになります。

ここで疑問が一つわき上がります。
それは「霊的目覚めを得たら自動的に強迫観念のスイッチは入らなくなるのか?」という疑問です。
答えは「そんなことはありません」です。
やっぱり苦労して自分を訓練する必要があります。
一つ一つの強迫観念に焦点を当て、統合作業を行うことが必要です。

3.霊的目覚めなしには努力は徒労に終わる

多くのACが霊的目覚めを得ようとせずに強迫観念だけを何とかしようとします。
しかしこれは徒労に終わります。
なぜなら霊的目覚めという神の力を自分のモノにしないままで問題の解決に当たろうとするのは徒手空拳(としゅくうけん)で問題にぶつかっていくのと同じだからです。

よくよく考えてみれば、ステップの1で無力を認めたはずなのに、なぜ自力で解決しようとするのでしょうか?
これは自己矛盾(むじゅん)であり、論理が破綻(はたん)しています。
何でこんなことになるのかと言えば、建前では無力を認めていても本音では「自分は出来る」と思っているからです。

まずこの自己不一致を何とかしなければなりません。
そうしない限り、一生涯延々と同じところをぐるぐると廻っていることになります。

ちょうど旧約聖書でイスラエルの民が奴隷にされていたエジプトを出国したは良いが、砂漠を40年の間さ迷い続けたのと似ています。
出(しゅつ)エジプトの聖書記事は私たちへの警告です。

4.霊的体験よりも霊的目覚め

霊的体験も霊的目覚めも本質においては同じものです。
しかし霊的体験は劇的であるゆえの長所と短所があります。

長所は劇的であるゆえに容易に自己意識を変えてしまえることです。
いつまで経っても代り映えしない自分にうんざりしている人はどうしてもスリップしやすくなります。
これに対して「私は神の奇跡を体験した!」と思っている人はスリップの誘惑に対して大きな抵抗力を持つことができます。

では短所は何かというと、いとも簡単に「一丁あがり」になってしまう危険があるということです。
真実は「まだまだやること一杯あるよ。これからが勝負」であるにもかかわらず有頂天(うちょうてん)になってしまいます。
そして誘惑や困難がやって来ると「こんなはずではなかった」と嘆くことになります。

これに対して霊的目覚めには劇的な部分はありません。
気づいたら与えられていたという感じです。

そして日常生活のなかで

「かつては出来なかったことが出来るようになっていた」
「心の静けさが何であるかを知ることができるようになった」
「かつてならパニックになっていたことに対して、どのように対処すれば良いかが分かるようになった」
「穏やかな人間関係を持てるようになった」

などの「12の約束」と言われている変化を体験します。

これらのものは12ステップに取り組みさえするならば実現すると約束されているものです。

どちらの体験が与えられるは神様のお好みです。
あなたのお好みではありません(笑)。
ただ私たちの側では約束されている霊的目覚めを得ることを目標にすべきです。

5.霊的目覚めをもってアダルトチルドレン特有の強迫観念に立ち向かう

強迫観念が消えてなくなることは決してありませんが、強迫観念のスイッチを入れなくすることは可能です。
これを回復と呼びます。
少なくとも13個ありますから、全部やるのはやりがいのある作業です。
ミーティングがなければ到底なしえないと実感します。

私たちACは生きている間はACからの回復の途上にあります。
この地上に置かれている間に、どのくらい回復できるか楽しみでなりません。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

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