委ねるとは何もしないという意味ではない。やることが三つもある!

(2020/04/08記事更新)「委ねたあとは自分のすることは何もない」と思っている方はおられませんか?
この記事では12ステップが教える本当の「委ねる」とはどういうことかを解説しています。

1.委ねるとは神のガイドラインに従うこと

12ステップの2には「自分を超えた大きな力が、私たちを健康な心に戻してくれると信じるようになった」とあります。

そしてステップの3で「私たちの意志と生き方を自分なりに理解した神の配慮に委ねる決心をした」とあります。

ここで多くの人は途方にくれます。
なぜなら「委ねる」という言葉の意味が分からないからです。
ありのパパも分からなかった人の一人です。
「委ねます」と口に出して言えばそれで良いのか?(良いはずはありません(笑))

12ステップで言えば4・5の棚卸しをすること、6・7で短所を神に取り除いてもらうこと、8・9で埋め合わせの人生を生きることを指しています。

ある人は棚卸し表を書こうとしません。
理由は様々ですが、本質的な理由は「自分の思ったようにやりたい」からです。
しかしこれでは神の配慮に委ねていることにはなりません。

ある人は短所を神に取り除いてもらおうとしません。
「人間には誰だって短所があるものだ。仕方ないよ」
このセリフをクリスチャンから聞いたときはおったまげました(笑)。

またある人は埋め合わせを先延ばしします。
しかし、このような行為は命取りになります。

2.理性的判断によって正しい判断にたどり着く

日常生活において何が神の意志だろうかと迷うとき、あなたはどうされていますか?
断食して祈りますか?
それも良いかもしれません。

しかしもっとも確実な方法は神から与えられた賜物である理性をフル回転させて神の意志にたどり着くことです。
理性的判断とはトライ&エラーを繰り返して正しい判断にたどり着くことです。

依存症やACの人々はダメだと分かっているにもかかわらず「今度こそ大丈夫かもしれない」という根拠のない希望的観測の元に何回も同じ行動を繰り返します。
健康な人々は一回やってダメだったら、ちがう手を考えます。
さて、あなたはどちらでしょうか?

3.神の配慮に委ねるとは、人を裁かないこと

私たちは生まれながらに人を裁きやすい性質を持っています。
ですから依存症に対するアプローチと同じく、治そうとせず回復を目指します。

どういうことかと言うと、裁きやすい性質を取り除くことを目指すのではなく、「さばき心」が発動しないようにすることを目指すのです。

自分の目に見えることだけを鵜呑(うの)みにして言わなくても良いことを言ってしまうとき、他の人を傷つけ、その結果あなたの人生はトラブル満載の人生となります。

それを人のせいにして生きていくのも、あなたの勝手ではありますが、そこには祝福はありません。
そのような人生を送りたくないのであれば、人を裁かないということを全力で実践することです。
そして自分の回復と成長にのみ注力します。

委ねるということの意味は12ステップの4〜9の三つの作業を行うこと、トライ&エラーを繰り返して正しい判断(神の意志)にたどり着くこと、人を裁かないことの三つです。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

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