短所を使わずに長所だけを使って生きるために恐れの本質を見抜く!

(2020/04/06記事更新)誰も短所を使いたくて使っている人はいません。
使いたくないのに気がつくと使っているのです。
この記事は短所を使うのは恐れが原因であることを明らかにし、恐れを使わずに生きていくための方法を解説しています。

1.短所を使ってしまう真の理由は恐れにある

恐れ

ステップの6でやることは、自分のすべての短所を神に取り除いてもらう準備をすべて整えることです。
これは果たして何を意味しているのでしょうか?
これの意味しているところは、自分の短所を使わない決心をするということです。

自分の短所を使わないとは、たとえば恐れであれば、恐れは感情であり、「恐れを使う」という表現はおかしく感じます。
しかし私たちは人生のそこかしこで恐れを使って生きてきたのではないでしょうか?

厳密に区分すると恐れには二つあります。
それは「人は怖いものである」という考え(性格上の欠点)、「人を怖く感じる」という感情(不快感情)の二つです。

恨みは過去の出来事に対する感情であり、恐れは将来に起きるかもしれない出来事に対する感情です。
将来、自分を傷つけるかもしれない出来事が起きると予想したとき、ほぼ自動的に恐れの感情は湧き上がってきます。
予想したのは考えであり、湧き上がってきたのは感情です。

自分の短所を神に取り除いてもらう準備が整ったとは、考えとしての「恐れを使わない」ということです。

2.長所を使って生きていく秘訣

ステップ7では神に自分の短所を取り除いてくださいと謙虚にお願いします。
これの意味しているところは何でしょうか?
それは短所が恐れであるなら、恐れとは反対の性質をもって生きていく決心をすることです。

恐れの反対は勇気です。
日々の生活の中で今までだったら恐れにがんじがらめにされていたような場面に遭遇したときに、恐れを使わずに勇気を使ってその場面に対処することを決断します。

もちろん、こちら側でいくらそのように決めても無いものは無いわけであり、勇気をもって対応できるわけではありません。
こちちの側でできることは「あの人は勇気を持っている」とご自分が思っているあの人なら、この場面でどのように振る舞うだろうかと考えることです。

3.聖書の中に「あの方」を見つけ出す

聖書をお読みになるならイエス・キリストこそ、そのようなお方に相応(ふさわ)しいと分かります。
福音書の中でイエスのお姿を垣間見ることができますから、聖書を何回も読み、イエスのお姿を心に焼き付けることです。
そして実際の場面で「イエスならどのように振る舞われるだろうか?」と自動的に考えることができるところまで自分を躾(しつけ)ていくのです。

このような営みを「今日一日だけ」繰り返します。
あとは「手放して、神におまかせ」です。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

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