信じたあとに行動が伴わないなら信じたとは言わない!

(2020/01/22記事更新)日本人一般が使う「信じる」と12ステップで使われる「信じる」は言葉の定義が異なります。
この記事ではまず不可知論者と無神論者の違いを明らかにした上で「信じる力の使い方」について解説しています。

        

1.不可知論者と無神論者のちがい

12ステップの勉強会で講師が次のように仰(おっしゃ)いました。
「信じるということしかしていないクリスチャンを不可知論者と言います」
私はこの説明を聞いてドキッとしました(笑)。
そして「ここに私がいるのを知っていて、わざとそんな説明をしているのか!」と内心毒突(どくづ)いていました。
しかし説明が終わった後は、そのことに心から同意せざるを得ませんでした。

日本人のほとんどを占めているのは無神論者です。
クリスチャンから見ると無神論者は自分たちとは対局に位置していると思いがちです。
しかし、そうではありません。
信じるということしかしていない不可知論者も、神はいないと考えている無神論者も、信仰を活用していないという点では変わりがありません。

神を信じていても、その信仰を活用しないなら宝の持ち腐れというわけです。

        

2.信じることは始まり。行動を開始せよ!

行動しないと確信が与えられないし結果が出ません。
精神(スピリット)は感情と思考を生み出します。

考えてみると、私たちの幼少期はほとんど感情で動いていました。
それが成長していくにつれて思考に基づく行動へと変わっていきました。
しかしそれでもなお感情に基づいて行動してどうなったかという記憶は私たちの潜在意識に刷り込まれているのです。

顕在(けんざい)意識は思考にもとづきます。
信じるということは顕在意識を働かせることです。
その後に決心・行動・結果・確信が続きます。
信じるとは、そうであると又はそうではないと信じることです。

焦点は信じる・信じないにあるのではありません。
そうではなく信じる対象を変えるのです。
そしてそれが行動に結びつきます。

アルコール依存症の例で言うと、今までは酒が飲めると信じていたのを「私たちはもうお酒が飲めない」と信じるポイントを切り替えるのです。

        

3.自分を超えた大きな力とは?

電気や万有引力を見たことはないが、私たちは信じています。

コロンブスの例→地球は丸いということを信じた人が偉大な業績を残しました。

ライト兄弟の例→人間は飛べるとライト兄弟は信じました。

信じる力は大きな力をもたらしますが、間違ったことを信じる力も大きな災難をもたらします。

12ステップは人生の原理です。
私たちお互いは『信じる力』を慎重に用い、有意義な人生を送りたいものです。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

        

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