アダルトチルドレンの強迫的(病的)責任感はどんなところに現れるか?

強迫的な責任感を持て余し「何とかならないだろうか?」と悩んでいる方はおられませんか?
この記事では強迫的責任感はどんなところに現れるかを明らかにし、そこから回復する方法について解説しています。

        

1.アダルトチルドレンの強迫的(病的)責任感はどんなところに現れるか?

窒息させる

①強迫的・病的責任感はまわりの人々を窒息させる

ACは一般的に言って責任感が強い人が多いようです。
それで周りからは高く評価される場合もあります。

もしそれがその通りであれば何の問題もないのですが、実はそうではありません。

健康的な責任感はその人自身をはつらつとさせ、周りに安心感を与えます。
しかし病的(強迫的)な責任感はその人自身を消耗させ、周りを窒息させます。
だからこの二つは似て非なるものです。

健康な責任感の持ち主は決して愚痴を言いません。
かえって「どうしたらそれを解決できるだろうか?」と考えます。

しかし病的な責任感の持ち主は「私はこんなに頑張っているのに、どうして周りは分かってくれないのか?」と自己憐憫に陥りやすいです。
分かってくれないも何も、まわりの人々は本人の脅迫的責任感を迷惑に感じているのですから、感謝してくれるはずがないのですが、本人は決してその事実に気づきません。

②強迫的責任感は本人の心と体をむしばむ

強迫的な責任感はまわりの人々に迷惑を掛けるだけではなく、自分自身にも多大な悪影響を与えます。

それはブレーキが壊れている車のようなものであり、アクセル踏みっぱなしで「行くとこまで行ってやる!」みたいな感じで毎日を過ごしているのですから、いつかは車が止まって動けなくなってしまう日がやってきます。

ありのパパの経験を例にお話すると、かつて食品工場に契約社員として働いていたことがありました。
夜勤もありましたし、また人のうわさ話をすることだけが唯一の生きがいみたいなパートの婦人たちとともに働くのはストレスでした。

しかし心の中では「クリスチャンであって神がともにおられるし、カウンセリングも勉強して人の心も分かるし………」みたいな感じで頑張っていました。
そしてとうとう朝になっても起き上がれない日が来ました。

この経験はありのパパにとっては黒歴史だったのですが、最近になってyoutubeでありのパパと同じ食品工場に勤めていた人たちが「人格崩壊」とか「マジ無理」のようなタイトルを付けて動画をアップしているのを見て、問題の核心は自分ではなく食品工場にあったということをようやく気づくことができました。

        

2.アダルトチルドレンはどうやって強迫的な責任感を嗜癖として使っていることに気づくか?

強迫的責任感

そもそも強迫的責任感を持っている人は自分が病的な責任感を持っているとは思っていません。
よくて「自分は責任感が強すぎる(自画自賛)」みたいな感じ止まりです。

それで下手をすると一生、病的な責任感を抱えたまま生きていくことになります。

そのためACが回復しようとするなら、ミーティングに参加して仲間の話を聴き、自分の話をすることによって否認を解除することが必要です。

また統合作業を行うことによって自分が強迫的責任感を嗜癖として使っているのに気づいていくことが必要です。
統合作業とは霊的に目覚めたあとに、ステップ11の祈りと黙想の中で自分がACの問題と呼ばれるものを嗜癖として使っていないかどうかを確認する作業のことです。

ACのための12のステップという書籍には「私たちは他人の行為や感情に責任はないという事実を受け入れる」(76頁1行目)とあります。
統合作業をやる中で、この部分を読んだありのパパは大きな衝撃を受けました。
それは今の今まで「自分は他人の行為や感情に責任がある」と思いこんでいたからです。
叩けばいくらでもホコリが出るではありませんが、ACにとっての人間関係の嗜癖行為はどこまで行っても終わりがないという面があります。

        

3.アダルトチルドレンが嗜癖から回復する方法

回復・気づき

①不快感情をなくすことによって嗜癖を使う必要をなくす

ACが回復する際に気をつけないといけないのは「自分は被害者であり、かわいそうであり、生育歴に原因がある」という自己認識です。

これを持っている限り、決して回復しません。
回復したと思っても気休めに過ぎません。
「自分はある程度回復した」などと思っていても人間関係などのトラブルに見舞われると右往左往してしまい、「回復したと思っていたのは一体何だったのか?がっかりだ。こんなはずじゃなかった」と気落ちする羽目(はめ)に陥ります。

ACが回復しようとするなら必ず持たなければならないのは「自分は依存症者である」という自己認識です。
多くのACが「自分は依存症者ではない」と思いつつ、12ステップに取り組んでいます。
しかし12ステップは依存症からの回復プログラムであって、依存症以外には効果がありません。
これがACが12ステップに取り組んでも効果がはかばかしくない原因かもしれません。

依存症から回復する原理は自分の短所によって本能が傷つき、感情が暴走し、不快感情から逃れるために嗜癖を使うという構造をまず理解することです。

そして一般的な依存症の回復プログラムに取り組み、霊的に目覚めるところまで進みます。

②目に見えない嗜癖を使っていないかチェックする

ACの嗜癖と他の依存症の嗜癖と異なる部分はACの嗜癖が目に見えない人間関係の嗜癖だということです。
そのためすでに不快感情がなくなっているにもかかわらず、依然として人間関係の嗜癖行為に耽っているということがありえます。
ありえますというか、こんなことはそこら中に転がっている事例です。

目に見えないACの人間関係嗜癖は全部で13個あります。
ありのパパは現在では祈りと黙想の時間に一週間に一個ずつ取り組んでいます。
最後までやると最初に戻るのですが、そこでまた新しい気付きが与えられます。
「なんでかな?」とも感じますが、しかし最初から全部の気付きが与えられたら身動きが取れなくなり発狂状態になるので、神は一度に一つずつ気づきを与えてくださるのだと考えています。

どうぞ、この記事をお読みの皆さんもご一緒にACの回復の道を歩んでまいりましょう。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

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2 Replies to “アダルトチルドレンの強迫的(病的)責任感はどんなところに現れるか?”

  1. おはよう御座います。ACの13個の嗜癖とありますが、その一つは今日のブログにありますが他の12は何ですか?

  2. こんにちは、ハウスウォッチャーさん。
    コメントをありがとうございます。
    ACの13個の嗜癖とは「アダルトチルドレンの問題行動」のことです。
    当ブログの下のほうにある「お知らせ」→「アダルトチルドレンの問題行動」とたどれば、お読みになることが出来ます。

    要するにアダルトチルドレンとはACの問題行動を嗜癖として使っている依存症者ということです。
    よろしくお願いします。

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