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ステップ8.9

回復には神との関係・自分自身との関係・人間関係の修復が絶対必要!

人は三つの層によってできています。
霊的な部分・精神的な部分・物質的な部分です。
回復にはこの三つが修復される必要があります。
この記事では各ステップはどの部分の修復を担当しているかを明らかにし、回復する順序を解説しています。

        

1.ステップの1〜3は神との関係の修復、4〜7は自分自身との関係の修復、8・9は人間関係の修復

「ステップの1〜3は神との関係の修復、4〜7は自分自身との関係の修復、8・9は人間関係の修復です」という説明をしていただいたとき、ありのパパは不遜にも「そんなこと知ってる。何なら40年前から知ってる」と思いました。

しかし理論は知っているが、それを実現する方法を全く知らないことを認めざるを得ませんでした。
なぜなら実現するための具体的な方法を知っていたら、人生が思い通りに生きていけなくなることはあり得ないからです。

12ステップは理論だけでなく、実現するための方法論です。
ステップの1から3は自分と神との関係の修復であり、4から7は自分と自分自身との関係の修復です。
そしてステップの8と9は自分と人々との関係の修復です。

        

2.ステップ6・7で起きた変化を人間関係に適用するのがステップ8・9

棚卸し作業が終わると直ちに埋め合わせ作業に取り組もうとする人がいます。
しかし棚卸しと埋め合わせの間に古い行動パターンを使わない決心と新しい行動パターンを使う決心と実践が置かれていることに私たちは留意すべきです。

そうでないと埋め合わせをする人々にとって埋め合わせがありがた迷惑となります。
行動パターンが変わる前に埋め合わせされても相手は「あなたは古い行動パターンをまだ使っているようだが、これによって私に迷惑を掛けたら性懲りもなく何度でも埋め合わせする気か?」と思うだけです。

そうならないためにも新しい行動パターンを使うことが日常の生活になるまで埋め合わせ作業を取っておくのも知恵のあることかもしれません。

行動パターンが変わってくると、人間関係が劇的に変化します。
行動パターンが変わるとは自分と自分自身との関係が変化することです。
かつては自分自身を傷つけたのは人々だと思っていました。
これが私たちが「自分の人生を被害者の視点で生きている」(ACの問題の5番目)原因になっていました。

棚卸し作業に取り組むことによって明らかになったのは自分自身を傷つけたのは人々ではなく自分の性格上の欠点から来る行動パターンだったという事実です。

棚卸し作業の一例を挙げます。

「なぜ恨んだのですか?」

「相手が怖かったので自分の本心を言えなかったからです」

「ではもしその場でご自分の本心を相手に言えたとしたら、あなたは今その人を恨んでいると思いますか?」

「いいえ、恨んでいなかったと思います」

「ではあなたが傷ついた真の原因は相手ではなく、あなたの不正直行動にあったと言うことができるのではないでしょうか?」

「私もそう思います」

以上のような営みを経て私たちは自分自身の良き管理者に神の意志とともに協働でなります。これが自分と自分自身との関係が修復されるということです。

そしてこの作業は大変困難であり、我力(がりき)ではできません。
それで神との関係が修復されていることが前提条件となります。
「私にはできない(ステップ1)、しかし神には何でもできるからである(ステップ2)」と祈りながらステップの4から7の自分自身との関係の修復に取り組みます。

自分と神との関係が修復されると、自分と自分自身との関係を修復する条件が整います。
自分と自分自身との関係が修復されると、今度は自分と人々との関係を修復する条件が整います。
だからこそ私たちは焦(あせ)るべきではないのです。

もう一つ言えることは「私は埋め合わせすることができない」と感じる人は自分と自分自身との関係が充分には変わっていない恐れがあるということです。
自分自身との関係が充分に変化すれば自然に埋め合わせ作業へと歩(ほ)を進めることができます。

        

3.人間関係の改善は私たちが回復した確かな証拠

「ステップ8は個人の人間関係を立て直し、私たちを孤独から引き上げてくれる」(How It Works49頁6行目)

自分と自分自身との関係が修復されると、黙っていても周りの人が寄って来るようになります。
これは性格が内向的であっても、外交的であっても関係がありません。

周りの人々が「あなたを見ていると他の人とはちがうように見えるのだけれど、理由を教えてほしい」と聞かれることが増えてきます。
このようなときに注意しないといけないのは、自分の人生に起きた奇跡的な変化をあたかも自分の力で成し遂げたような振りをしてはならないということです。

なぜならそのように振る舞うことはかつての建前だけの人間関係にほかならないからです。
そうすると直ちに「そんな薄っぺらな人間関係の持ち方をしていると、人間関係が将来どこかで必ず破綻する」という将来野心の感情面での安全が傷つきます。
これを将来不安とか先取り不安といいます。

貶(けな)されて傷つくのも、褒められて傷つくのも傷つくことに変わりはありません。
これによって何が起きるかというと恐れの感情が暴走します。
そうすると毎度おなじみの不快感情から逃れるために嗜癖に一直線ということになりかねません。

そうならないためには人様に尋ねられたときは「はい、かくかくしかじかで人生が思い通りに生きていけなくなったのですが、」となるべく手短に要点をお話になることです。
その時には間違っても「はい、神の奇跡が起きました」などとは言わないことです。
人々は即座に「自分とは関係がない。この人には近づかないほうがよい」と思われてしまうからです。

私たちは神との関係の修復から出発し、自分自身との関係の修復を成し遂げるとき、人間関係の劇的な改善という奇跡を味わうことができるのです。

◎回復と平安を祈っています。

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