闇雲に脊髄反射的に反応しないで、十分に考慮して適切に行動する!

闇雲・脊髄反射・反応する生き方を続けていると人生は必ず行き詰まります。
この記事では私たちが脊髄反射的な反応をしてしまう原因を明らかにし、どうしたらそこから解放されることができるかを解説しています。

        

1.見捨てられ不安が脊髄反射的な反応する生き方を連れてくる

「私たちは十分に考慮して適切に行動する人ではなく、闇雲に脊髄反射的に反応してしまう人である」
この言葉は「ACの問題」の13番目に書かれているものです。

闇雲に脊髄反射的に反応してしまう人の特徴はスタートダッシュが早いということです。
他の人よりも「これはいけそうだ」と気づくのが早いので「目の付け所がシャープでしょ」などと自画自賛します。

しかし気がつくと後から来た人に追い抜かされてしまい、自分でも「何でかな?」といぶかしみます。

その典型例がありのパパでした。
「この方策が良い」と聞けば、充分に考慮することもせず、「いけそうだ!」という根拠のない希望に突き動かされました。
他の人は「なぜ理由もなく今実践している方策を捨てて新しい方策を採用するのか?」と言いましたが、聞く耳を持ちませんでした。

今振り返って明らかなことは突き動かされた真の動機は見捨てられ不安でした。
そして新しい施策を実行しているときだけ安心・安全の心の状態を得ることが出来ました。

そのようなことを何十年にもわたって繰り返した結果、自分の人生が思い通りにならなくなりました。
なぜなら自分では安心・安全と思ったのは偽りであり、偽りの安心・安全の中にいると人は必ず病むからです。
ありのパパはアダルトチルドレンや依存症に罹患するという形で病みました。

        

2.闇雲に脊髄反射的に反応する生き方を続けると起きること

①人々から孤立することを嗜癖として使うようになる

何回も何回も失敗するので事情を知っている周りの人に合わす顔がありません。
またこのことは他の人に知られては困る秘密を持つことでもあります。

そのような結果として起きることは人々を避けるという行為です。
最初のうちは自由意志にもとづいて人々から孤立するという行為を使いますが、気がつくと孤立を嗜癖として使っている自分に気づくようになります。

嗜癖として使うとは脳の報酬系にできた依存症回路から発せられる強迫観念と渇望現象によって、使いたくないと思っているにもかかわらず気がつくと使ってしまっている状態です。
要するにアルコール依存症や薬物依存症と同様にアダルトチルドレンは依存症の一種ということです。

②感情のコントロールが難しくなる

秘密を持っている人はその秘密がいつかばれるのではないかとヒヤヒヤしています。
(これを将来野心の感情面での安全が傷つくと言います)
そのような人はいつも追い込まれた心理状態にありますから、ちょっとしたことで心のバランスが崩れます。

間違った思い込みも共通する特徴です。
たとえば新幹線に乗っていて前の席の人が断りなくシートを倒すと「この人は私をバカにしているので私に断りなくシートを倒したのだ」と脳内変換します。
しかし実際は前の席の人は何も考えずにシートを倒したいから倒したのに過ぎません。

近所の人や会社の同僚がこちらが挨拶したにもかかわらず挨拶を返さないと「あの人は私をバカにしているから私に挨拶を仕返さないのだ」と脳内変換します。
しかし実際は妻や子供が急病でこれからどうしようかと不安で心が一杯であなたの挨拶が耳に入らなかっただけもしれないのです。

このような心の状態になると実際に怒りを爆発させるかどうかは別にしても心の中は怒りで満たされてしまうものです。

では解決方法として誤った脳内変換に気づくことが問題解決に繋がるかというと、それは難しいです。
なぜなら怒りで心が満たされることを嗜癖として使っているなら、私たちは『嗜癖に対して無力』ですから、脳内変換の誤りを自覚しても問題は解決しません。

もしそれで解決するなら私たちは無力ではないということになりますが、それこそが強迫観念が教えるウソなのです。
依存症における回復とは強迫観念が教えるウソを見破ることにほかなりません。

ビッグブックには「最初の一杯を飲んだら、二杯目・三杯目を拒否する力はない」と分かっているアルコール依存症者が「ミルクにブランデーを一滴垂らすぐらいだったらいいだろう」という強迫観念が教えるウソにころっとだまされてしまう事例が書かれてあります。

この事例を読んで「アルコール依存症者ってなんて愚かなんだ」と感じるなら、その人は何も分かっていない人です。
しかしそのような人も何回も痛い目に遭って「あれは他人事ではない。私のことである」という認識に到達します。

その人とは誰あろう、この記事を書いているありのパパのことです(笑)。

        

3.12ステップは論理的なプログラム

12ステップに闇雲に取り組んでいる人はおられないでしょうか?
「依存症を治してくれるんだったら何でもいい」というわけです。

しかし闇雲に脊髄反射的に反応してしまうことによってはどんなに有用なプログラムであっても効果を発揮することはできません。
これが自助グループに長く参加していても回復がはかばかしくない理由ではないでしょうか?

闇雲に12ステップに取り組もうとしても、はじき飛ばされてしまいます。

実はありのパパもそういう人のうちの一人でした。
中間施設でステップを教えてもらったのですが、講師の語る言葉はまるで宇宙語でした。
心の中で「頼むから地球語をしゃべってもらえないか!」と途方に暮れていました。

しかし今になって分かることは講義の内容が分からない原因はありのパパにあったということです。
「何でもええから、手っ取り早く回復とかいうもんの方法を教えてんか」というわけです。

もちろん敬虔なクリスチャンという自己イメージがありましたから、その本音は抑圧されており自分でも気づいていませんでした。
2014年に教えてもらってから5年が経とうとしている今、ようやく否認と抑圧がとれて当時の心の状態が見えてきたということです。

12ステップはステップ1の無力を認めることからスタートし、ステップ2で自分を超えた大きな力を信じ、ステップ3で自分の意志と生き方を自分なりに理解した神の配慮にゆだねる決心をします。
神の配慮にゆだねる決心とはステップ4から9までの行動のプログラムに取り組む決心にほかなりません。

これは闇雲に脊髄反射的にプログラムに取り組もうとする人がなるだけ躓(つまづ)くことがないようにという配慮にほかなりません。

        

4.日々の営みが何より大切

継続的に成長していこうと願うなら、どうしても闇雲で脊髄反射的な反応してしまう行動パターンを避け続けることが必要です。
分かっていると思っているものが実は本当には分かっていなかったということに気づき続ける必要があります。

先日もそのような気づきがありのパパにありました。
それは毎朝「今日も私が無力であることを忘れませんように」と祈っていたときです。
心の中で「頭の中に依存症回路ができたら報酬系がアクセル踏みっぱなしになってしまい、前頭葉が司る理性が無力化されてしまうのだから、お前が祈ろうが祈らまいがどっちにしても無力なのだ。アホか!」という気づきが与えられました。

「私は無力である」という主観的事実と「頭の中に依存症回路があるために無力である」という客観的事実が結びついた一瞬でした。
もちろんそれまでも理解していたつもりではありました。
しかしお腹にストンと落ちていなかったということです。

宗教的プログラムなら闇雲に脊髄反射的に反応してしまってもお構いなしです。
そもそも考える必要がありませんから。

世俗的プログラムに取り組んでもそもそも理性が無力化されていますから、効果はそんなに期待できません。

そういうわけで期待できるのは霊的プログラムに闇雲でなく脊髄反射的でなく反応しないで取り組むことだけであると言うことができます。

◎回復と平安を祈っています。

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