宗教における修行と12ステップの行動のプログラムの違いは何か?

12ステップに行動のプログラムが含まれているように、宗教にも修行というものがあります。
しかしこの二つには根本的な違いがあります。
この記事では各々を明らかにしたうえで12ステップの行動のプログラムの特徴を解説します。

        

1.宗教における行動は修行

霊的プログラムにも宗教的プログラムにも両方に『行動すべきこと』が含まれています。
たとえばキリスト教プロテスタントですと救われること自体は「信じるだけ」で救われるのですが、神の恵みの通り良き管(くだ)となるために恩寵の手段と呼ばれるものの実践が勧められています。

恩寵の手段には五つあり、集会出席・聖書通読・祈り・伝道&奉仕・献金です。
この教えを唱えたのはメソジスト教会を創設したジョン・ウェスレーです。
ウェスレーは「聖餐(せいさん)にあずかること」を入れていましたが、後継者たちによって今の形になりました。

ありのパパは18歳の時に、キリスト教に入信したのですが、その時に恩寵の手段を教えられました。
今から考えると受け取り方が間違っていました。
それは恩寵の手段を問題解決の手段として受けとめたのでした。
そして40年間、全力で恩寵の手段を実行したのですが、二つの結果を受け取りました。

一つは自分の人生は1mmも変わることがなかったという理解であり、もう一つは自分の人生が思い通りに生きていけなくなったという告白です。

お断りしておきますが、これはありのパパが恩寵の手段を間違って受け取ったために起きたことであり、恩寵の手段そのものは信仰者にとって有益です。
事実、今でもありのパパは恩寵の手段を実践しています。

        

2.霊的プログラムの行動は棚卸し・新しい行動パターンを実践すること・埋め合わせの三つ

霊的プログラムにも『行動すべきこと』が含まれています。
含まれているというよりは、これこそがプログラムの本質であるということができます。
行動のプログラムと呼ばれるのはステップの4から12までです。

そのうちの4から9が霊的に目覚めるためのステップ、10から12が霊的に目覚めた状態を維持し成長していくためのステップです。

行動のプログラムは三つの要素によって構成されています。
棚卸し作業・新しい行動パターン・埋め合わせ作業です。

これらの作業は決して我力(がりき)ではできません。
多くのアダルトチルドレンや依存症者が「ステップの3まではやったんだけどね」と言います。
ステップ4の棚卸し作業に取り組むことができない理由の一つに我力でやろうとしていることがあります。

本当に人生が行き詰まってしまうと、我力だろうと何だろうとやらなければいけなくなります。
例えば中間施設で半強制的に棚卸しをやるとかです。
そうすると、その結果は「棚卸し作業で疲労困憊し、新しい行動パターンの実践で途方に暮れ、埋め合わせ作業でいい気になる」という笑い話のようなことが起きます。

これらはみな我力でやったことの結果です。

大切なことはすべてのステップを神の恵みを知る機会とすることです。
この言葉はありのパパが中間施設でプログラムを学んでいる時、施設長さんから掛けてもらった言葉です。

「棚卸し作業は私にはできない。しかし神にはどんなことでもできる」

「古い行動パターンを使わない決心も、新しい行動パターンだけを使って生きていく決心と実践も私にはできない。しかし神には何でもできる」

「残りの人生を埋め合わせの人生として生きていくことは私にはできない。しかし神にはどんなことでもできる」

        

3.生涯を通して実践する

霊的に目覚めること自体が素晴らしい経験であり、人生にとっての大変革のときですが、霊的に目覚めたあとにはもっと大きな変化が訪れます。

ステップ10の日々の棚卸しはステップ4・5の棚卸し作業によって無くなった不快感情の恨みと恐れが再び自分の中に入ってこないために行います。

ステップ11の祈りと黙想は現実の生活の中でどのように振る舞うことがステップ6・7の新しい行動パターンを実践することになるのかを神に教えてもらうために行うものです。

ステップ12のメッセージ活動はステップ8・9の埋め合わせ作業によって無くなった罪悪感と後悔が再び自分の中に入ってこないための最良の方法です。

そして「私たちのすべてのことにこの原理を実行しようと努力した」とあるのは自分の中に残っている未解決の問題についても12ステップによって回復していこうと今日一日努力するということです。

ありのパパはアダルトチルドレン・怒りの爆発・性依存症の三つの問題をもっていますが、その全部が回復しない限り回復したとは言えないと考えています。
これを統合的しらふと、ありのパパは呼んでいます。

この記事を書いている時点(2019/08/22)で霊的に目覚めたのが約5年前となりますが、その後の変化は実に素晴らしいものでした。
それで「これからももっと素晴らしいに違いない!」とごく自然に思えるのです。

◎回復と平安を祈っています。

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