依存症回復プログラムの12ステップが言う「神の配慮」を受け取る!

ステップ3には「神の配慮に委ねる決心をした」とあります。
果たして「神の配慮」とは何でしょうか?
この記事では神の配慮は二つあることを明らかにし、どのようにすれば神の配慮を受け取ることができるかを解説しています。

        

1.二つの神の配慮を受け取ろう!

一般の人間関係では「配慮してくれてありがとう」「いいえ、どういたしまして」というようなやり取りが普通に行われます。

対等な関係である人間関係では配慮し合うということは割合理解しやすいことです。
しかし神と人間という関係は初めから対等ではありません。
しかも依存症者の場合は「万策尽きたのであとはよろしく神様!」という感じですから、対等などではありえません。

そのような関係性の中での「神の配慮」とは何でしょうか?
しかもその神の配慮に自分の身を委ねる決心をしたというのですから、その配慮が何かを知っていなければ身を委ねることができないのは当然です。

皆さんは「神の配慮とは何ですか?」との質問に明確にお答えになることができるでしょうか?
ここからはありのパパが理解する神の配慮とは何かを書いていきます。

        

2.【親替え】自分が自分自身の神であることを止めて神と協働親になる決心

「自分が自分自身の神であることを止める」とは一体どういうことでしょうか?
12ステッププログラムが教える神とは私たちをケアー(世話)してくれる存在です。
ですから自分自身の神とは自分自身の世話をしてくれる者という意味です。

自分が自分自身の世話をするのは当たり前の話ですが、私たちは自分自身の世話をきちんとやってきたでしょうか?
もしこの質問にイエスと答えることができるなら、私たちは(アダルトチルドレンや共依存症を含む)依存症にはなっていませんでした。

①自分自身とは何か?

自分自身とは本能ということです。
本能は四つあります。

a.共存本能

周りとうまくやっていきたいと願う共存本能。
これが傷つくと「私ってダメだなぁ」と感じ、自尊心が傷つきます。そして当然のことながら対人関係が傷つきます。

b.安全本能

自分の生きている環境を安全・安心な状態に保ちたいと願う本能。
安全本能は感情面での安全と物質面での安全があります。
家族・友人との間にトラブルが発生すると感情面での安全が傷つきます。
職場でのトラブルが起きると会社を止めなければならなくなったらどうしようと感じ、物質面(経済面)での安全本能が傷つきます。

c.性本能

子孫を残したいと願う本能です。
性本能には秘密の性関係と公認の性関係があります。
どのような関係が公認か、秘密かは時代によって変化します。
例えば昔は結婚前の男女の性関係は秘密の性関係でしたが、現代では公認の性関係となります。
逆に戦前であればお妾(めかけ)さんを持つのはある面では公認の性関係でしたが、現在では決して容認されない秘密の性関係です。

d.将来野心

将来野心とは共存・安全・性の本能が将来に渡って充足することを求める本能です。
この将来野心は人間だけが持っているものです。

例えばありのパパの場合ですと12ステップに取り組む以前は恐れが動機となって不正直な対応をするという行動パターンを使っていました。
そうすると「このような人間関係の有り様を続けていると将来きっと人間関係が破綻するのではないか?」と恐れました。
これを将来野心の感情面での安全本能が傷つくと言います。

その結果、恐れの感情が暴走し、病的な不安感情が生まれ、それから逃れるために文字通りありとあらゆる刺激に嗜癖するようになりました。(ACの問題の8番目)
中でも性領域の嗜癖を多用したので気がつくと性依存症と言わなければならない領域にまで達していました。

②親替えとは何か?

自分が自分の神になろうとするのは悪いことではありません。
なぜならそれは自分自身をケアーするということですから。
しかし自己意志だけではその働きをするのに十分ではありませんでした。
気がついてみると私たちの人生は思い通りに生きていけなくなっていました。

それでこれからの人生は神の意志と協働で自分自身の愛ある親の役割を果たすことを決心します。
これがステップ3でなすべき1つ目の決心です。

多くの人がどのように対処すればよいか分からなかったので本能が傷ついても気が付かないふり(抑圧)をし、感情が暴走しても知らんぷり(否認)をしました。
これでは不快感情が溜まりに溜まり、嗜癖を使わざるを得ない状態に自分が追い込まれるのは至極当然のことです。

親替えは私たちに対する1つ目の神の配慮です。

        

3.(行動のプログラムに)取り組みさえするなら必ず実現する

ステップ9の約束と言われるものがあります。
内容は回復したらどんなに素晴らしいことが起きるかということが書かれています。

その最後の文言は「取り組みさえするなら必ず実現する」です。
これは逆に言うと「いくら無力を認めて自分を超えた大きな力を信じても取り組まないなら決して回復しない」と言っているのです。

では何に取り組めと言っているのでしょうか?
3つあります。
棚卸し作業、新しい行動パターンだけを使って生きていくこと、埋め合わせ作業です。
「なんだ。この三つだけやれば回復するのか」と考えることもできますし、「なんだよ。無力を認めさせて、神を信じさせておきながら、回復は自分持ちということかよ!」と考えることもできます。

あなたはどちらの考えを採用なさいますか?
ありのパパは40年間、神を信じ続けても人生が1mmも変わりませんでした。
それで心からの叫びは「回復するための具体的な方法を教えてくれれば何でもする!」 というものでしたので当然前者の考えでした。

その結果どうなったかというと棚卸し作業をやって今までの自分の人生を支配していた古い行動パターンを明確に認識できました。
「こんな行動パターンを使っていたら人生が思い通りに生きていけなくなるのは当然だ。しかしこのことに目が開かれたら、これからの人生は変わらざるを得ない。変わらないと考えるほうが難しい!」と心底感じました。
これがありのパパにとっての霊的に目覚めるということでした。

霊的に目覚めるとは宗教的な経験をすることではありません。
そうではなく自分の人生を支配していたカラクリが明々白々と理解できるということです。
「何だ。そういうことだったのか!」という感じです。
この体験をしたら、あとは簡単です。
この古い行動パターンと対極にある新しい行動パターンを全力で実践すればよいだけです。

人生は本当に変わることが可能です。
どうぞ、ありのパパに起きたと同じことが皆様にも起きますように。
そして生きている限り、ご一緒に回復の道を歩み続けましょう。

◎回復と平安を祈っています。

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