依存症の回復の方法は全部同じ。しかし依存症ごとに回復の形が異なる

すべての依存症は同じ構造を持っています。
それ故に回復の方法も同一です。
しかし回復の道を歩むときにそれぞれの特徴があります。
この記事ではなぜ同一と言えるのかを明らかにし、3つの依存症の回復の特徴を見ていきます。

        

1.依存症は皆同じ構造をもっているので、回復の仕方も全部同じ

中間施設では様々な依存症者の人々が一緒に12ステッププログラムを学びます。
(依存症専門病院と自助グループの橋渡しの役割を果たすべき存在なので両者の中間に存在するということで中間施設と呼ばれます)

ありのパパも中間施設で学んだ者の一人です。
ありのパパの隣は薬物依存、後ろは買い物依存の方が座っていました。
そして講師は様々な依存症から回復した方々でした。
なぜこんなことが可能かというと、それは依存症の構造が全く同一だからです。
現れは様々にちがっても背後に潜んでいる構造は同じなのです。

この理解は次なる理解へと展開します。
それは構造が同じなら、回復の方法も同じであるはずだという理解です。
それをそのまま実践したのが中間施設ということになります。
(それでもなお中間施設ごとにアルコール中心、薬物中心という傾向はあります)

        

2.依存症ごとに回復の形に違いがある

では構造が同じなら回復の形も全く同じでしょうか?
ありのパパは三つの依存症を持っていますが、一つ一つ皆異なると実感しています。
ありのパパが持っている依存はアダルトチルドレン、怒り依存症、性依存症の三つです。

中間施設でも口を酸っぱくして「ここを出たら必ず依存症別の自助グループに参加してください」と言われました。
その理由はその依存症から回復するための知恵がその依存症の自助グループに蓄積されているからです。

たとえばEA(感情と情緒に問題を持つ人々の自助グループ)では「私たちは個人的・家族的問題にアドバイスをしないのである」と明記されています。
これはアドバイスなどの行為が行われるなら、それはすぐさま共依存関係へと変質することを長年の経験から知っているからに他なりません。

アルコール依存症にはアルコール依存症の、薬物依存症には薬物依存症に特有の特徴があります。
ですから私たちは必ず依存症別の自助グループに参加する必要があります。

そしてその依存症のことを中心に話すという分別も必要です。
アダルトチルドレンの自助グループにやってきて性依存症の話をしてはならないし、性依存症のミーティングでアダルトチルドレンの話をするのは回復にとって有害です。
なぜこのようなことが起きるかと言えば、それは正直になることから逃げているのではないかと言うことです。

私が性依存になったのはアダルトチルドレンが原因である。
アダルトチルドレンになったのは親のせいである。
だから私に非はなく、回復のために努力する必要もないという弁解です。
そのような人がアダルトチルドレンのミーティングにやってくると、ACの話をするかというとそんなことはありません。
今度はACのミーティングで性依存症になった話をするのです。
「こんな私はかわいそうでしょ」とでも言わんばかりです。

こんなことを書いているありのパパですが、よく同じ失敗をします。
EAで話しているのに、気がつくとACの話をしているのです。
もちろん繋がっているからなのですが、現れ(嗜癖)は別なのですから、意識して切り分けることが大切です。

        

3.AC、怒りの爆発、性依存

①アダルトチルドレン


アダルトチルドレンが依存症の一種であると言ってもピンと来ないのは外面的な現れが見えにくいというところにあります。
ですから回復も見えにくいです。
統合作業を何回も継続的にやっていると、「前回やったときに比べて少しはマシになっているかな?」と感じる程度です。

②怒り依存症


これはACと対極にあるような依存症です。
怒りを爆発させるか、させないかの二者択一ですから、大変わかりやすいです。
この特徴はアルコール依存症と似ているかもしれません。
ただしアルコール依存症の場合はドライドランクという状態がありますが、怒り依存症にはありません。
なぜなら心の中で怒りの感情が起きるとすぐさま怒りの爆発につながるからです。
ですから常に自分の心を見張っている必要があります。
怒り依存症者は「そういうこともあるよね」を自分に当てはめてはなりません。
「そういうこともあるよね」が通用するのは心が健康な人に限られます。
怒り依存症にはそんな贅沢なまねは出来ません。

③性依存証


性依存症は真の素面(しらふ)に至るまでにいくつかの段階を通過するのが一般的です。
ありのパパも神の語りかけが一年にいっぺんあり(それも元旦に)、そのたびにチャレンジしています。
詳しく書くことは控えますが、悲鳴というか本音が噴出することがあります。
それは「そんなに素面、素面と言っていたら聖人になっちゃうじゃないか!」というものです。
そうすると即座に「お前は入信した18歳の時から、聖人になりたかったのではないか?」という語りかけが聞こえてきます。
それに対して「はい、その通りです。でも実際にそれが実現されそうになると話はまた別なのです」と自分の隠された本音が現れました。
自分でもその本音に驚きました。「これが私の本当の姿なのか!」というわけです。

◎回復と平安を祈っています。

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