なぜ祈りと黙想を行うのか?理由を知って行うことが大切!

祈りと黙想と聞いて「宗教か?」と思われた方もいるのではないでしょうか?
12ステップは回復するのに十分な効果を発揮するための霊的なプログラムです。
この記事では回復するために祈りと黙想を行う意味を明らかにし、具体的なやり方を解説しています。

        

1.なぜ祈りと黙想を行うのか?理由を知って行うのが大切!

私たちが祈りと黙想を行うのには明確な目的があります。
それなしには宗教行為と何ら変わるところがありません。
その目的とは神の意志を知ることと、それを実践する力を与えられるためです。

神の意志とは漠然としたものではありません。
それはステップ4・5の棚卸し作業を通して見つけ出した古い行動パターンと対極にある新しい行動パターンを日常生活の中で実践することです。

そうは言っても現実の生活の中で「この状況の中でどのように振る舞えば新しい行動パターンを実践したことになるのだろうか?」と途方に暮れることも多いのが私たちです。

それで「神様、私には分かりません。どうぞどのように振る舞うことが神の意志を実践することになるのか教えてください。そしてそれを実践する力を与えてください」と祈ります。

        

2.神の意志と人間関係の原則の関係

ある人は「そんなこと祈らなくても明らかでしょうに」と思われるかもしれません。
そのような方に向けて一つの事例をご紹介します。
あなたならどのように行動することが新しい行動パターン(新しい生き方の実践)になるかを考えてみてください。

AさんはBさんに日常的に傷つけられていました。
それでAさんはどのように行動することが新しい生き方の実践に繋がるだろうかと考えました。
選択肢は二つあります。
一つは断固として傷つけるのを止めるように求めることです。
そうするとすぐさま心の中に「ここでこの人を切り捨ててしまうと、この人の回復する機会を奪うことになるかもしれない」という考えが浮かびます。
それでもう一つの選択肢である『忍耐』を選んでしまいます。

さて、この記事を読んでおられる皆さんはどのような対応をすることが神の意志であるとお考えでしょうか?

ちなみにありのパパはAさんに「ではあなたはBさんが回復するまでずっと傷つけられっぱなしでいいというわけですか?」と質問すると、「いいえ、傷つけられることは金輪際(こんりんざい)御免こうむります」と答えられました。

この事例ですと回答は明らかであるようにも思われます。
ではこのBさんがご自分の子供だった場合はどうでしょうか?
対応はまた違ったものになるのではないでしょうか?
しかし相手がご自分にとってどのような存在であったとしても人間関係を貫くたった一つの原則があります。
それは「自分を大切にしている分しか相手を大切にできない」という原則です。

この原則を無視して相手を大切にしても結果として生まれるのは恨み・罪悪感・恐れ・後悔の不快感情だけです。
恨みとは「こんなに尽くしてやっているのに」という感情であり、後悔とは「もっと他に対応の仕方があったのではないか?」という感情です。
罪悪感とは「私はなすべきことをしていない」という自責の念であり、恐れとは「こんなことをしていて本当に良くなるのだろうか?ひょっとして事態はもっと悪くなるのではないか?」という感情です。

        

3.神の意志を知る具体的方法

祈りと黙想の時間を現実の生活から切り離してはなりません。
もちろん多くの方にとって祈りと黙想の時間は辛い現実から逃れることのできるひとときであるのを知っています。
ありのパパにとってもそのような意味合いが祈りと黙想の時間には含まれています。

しかしそれだけでは人生は一向に変わりようがないということを申し上げたいのです。
大切なことは祈りと黙想を現実の生活と結びつけることです。
これが神の力が私たちの心と生活に流れ込んでくるようになる秘訣です。
たとえば前記のAさんとBさんの問題で神の意志を知ろうとして祈りと黙想の時間を活用します。
そうすると心の中には二つの考えが行ったり来たりましす。
しかしず〜っと心を落ち着けて、まるで自分の心を周り灯籠(とうろう)でも見るかのように眺め続けます。

そうすると丁度よい時に「これが神の意志である」という納得がやってきます。
そうしたら今度はその納得が果たして正しく神から来ているのか、それとも自分の性格上の欠点である利己的思いから来ているのかを確かめます。

一つはその示された神の意志は以前と同じやり口ではないかということです。
依存症者の考え方の特徴は「今まで何度もやってダメだったのに、『今度こそ、うまく行くかもしれない』と根拠なく考える」ことです。
だから「その考えには確かな根拠があるか?それとも根拠のない妄想的希望か?」と自問自答します。

もう一つは仲間と相談することです。
私たちには自助グループという仲間があります。
これは依存症になったことの大きなメリットの一つです。
依存症にでもなっていなければ深刻な問題を相談できる人をもっていないのが普通です。
なぜなら「こんな話を他の人にすることはできない」と考えるからです。
それに対して私たちは底付きを経験していますから、「こんな話をすることはできない」などというものを持っていないのです。

        

4.ステップ11の祈りと黙想と他のステップとの関係

祈りと黙想のステップ11が真に必要になるのはステップの6・7を実践しようとしている人だけです。
またステップの6・7を本当の意味で実践できるのはステップ4・5の棚卸し作業をやった人だけです。
これが行動のプログラムと呼ばれるステップ4から12の三つの構成要素です。(三つの構成要素とは棚卸し作業・新しい行動パターン・埋め合わせ作業です)

ですから祈りと黙想を行って神の意志を知ろうとする前に、自分が実践すべき新しい行動パターンは何かを知っている必要があります。
それなしには神の意志と言っても漠然としており、何がなんだかさっぱり分かりません。

そのような意味では12ステッププログラムの根幹はステップ6・7の古い行動パターンを使わない決心・新しい行動パターンを使って生きていく決心と実践ということになります。

ステップ4・5はその新しい行動パターンを見つけ出すための作業であり、ステップ11は新しい行動パターンを実践するために神の助力を求めるためのものです。

◎回復と平安を祈っています。

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