癇癪持ちの日々の棚卸しを邪魔する二つの原因とたった一つの解決策!

癇癪持ちが日々の棚卸しを逡巡(しゅんじゅん)する理由は2つあります。
一つは無力への否認です。
もう一つは不快感情への親しみです。
解決策はミーティングに継続的に参加することです。
この記事では私たちがともすれば不快感情を握って離さない理由を明らかにし、それを手放すためのミーティングの効用について解説します。

        

1.12ステップは失敗するのを前提に組み立てられているプログラム

ある人々は「また失敗してしまった」とか「何回もスリップする自分はダメなやつだ」と言います。
これは真面目さを表しており、真剣にやっていることの証左でもあります。
しかし一面では無力を認めていないことの表れでもあります。
なぜなら真に無力を認めていれば「無力な私がすべったからといってなんの不思議があろうか」となるからです。

心のどこかで「俺も大したもんだ」「私もやれば出来るのよ」と思っているからこそ、それに反する現実に対して失望感を感じるのです。

本当に無力を認めていれば失敗するたびにウキウキと日々の棚卸しに取り組みます。
「さあ〜て、今度はどの部分に原因があったのかな?」という感じです。

もちろんアルコールや薬物ならスリップは即、命に関わります。
しかしどのような嗜癖を持っていたとしても、嗜癖の種類に関わりなく感情の暴走は誰にも起きるものです。

私たちが日々の棚卸しに気軽に取り組めない理由はなんでしょうか?
それは先程申し上げた、内心では「俺もできる。私もやれば出来る」というあからさまな無力を否定する思いです。

しかし皆さんに申し上げたいのは12ステップは「感情が暴走するのは仕方ない」という前提に立って作られているプログラムであるということです。
もしそうでないなら、なぜ失敗したとき用のステップが予め組み込まれているのでしょうか?
私たちはもう少し気楽に「仕方ないね!」という感じで日々の棚卸しに取り組みたいものです。

        

2.不快感情を手放せない本当の理由

日々の棚卸しに取り組むのに逡巡するもう一つの理由は不快感情を手放したくないというものです。
不快感情をそのままにしておくと、私たちはそこから逃れたくてどうしても嗜癖を使いたくなります。
だから一刻も早く不快感情を手放す必要があるのですが、まるで狂犬のように口に咥(くわ)えて離そうとしません。

理由はそれが不快感情であったとしても自分にとっては使い馴れた感情だからです。
懐かしささえ感じます。
おふくろの味や故郷の味を味わうと「そうそう、これこれ!」という感じがやってくるのと同じです。

ちなみにありのパパは讃岐うどんの里の出身なのですが、子供の時に食べたうどんの出汁を再現することに命をかけたことがありました(笑)。
再現できたとき、まさしく「これだよ!これこれ!」という感じを味わい、それ以降その出汁の比率・配分以外を使わなくなりました。

うどんの出汁なら固執しても何も問題もありません。
しかし不快感情に固執するならば人生は破壊されます。
これは笑い事ではすみません。

殊にアダルトチルドレンは子ども時代から不快感情しか知らないで過ごしてきたために、これがなくなると不安で仕方なく感じるという面があります。

しかし大人になった今は自分自身に言い聞かせなければなりません。
「あのな、これ以外にも素晴らしい感情があるんやで。でもな不快感情を手放さない限り、素晴らしい感情を味わうことは出来ないんだぞ」

        

3.ミーティングに参加する効能

癇癪持ちや怒り依存症者がEAミーティングに参加するメリットは何でしょうか?(EAとはイモーションズ・アノニマスのこと。感情と情緒に問題を感じる人々の自助グループ)

①自分の失敗を笑って話そう!

感情が暴走したことを赤裸々に話すことが出来るのはEAのミーティングをおいて他にありません。
なぜならEAはそれ専用のミーティングだからです。
もちろんその他の自助グループのミーティングでも話すことは出来るでしょうが、配慮が必要になります。
その点、EAは感情と情緒に問題を感じる人々の自助グループですから誰憚(はばか)ることなく話すことが出来ます。

②爆笑しつつ、仲間の失敗談を聞こう!

EAなら仲間の話を笑って聴くことが可能です。
「人の失敗を笑うとは何事だ!」という心配は御無用です。(もちろんミーティングごとに個性がありますから、いつでもどこでもぶっ放していいというわけではありません)

③ミーティングに継続的に参加する五つの効用

・自分を客観視できる。
・自分を笑える。(自分を笑えるということは正気になるということです)
・徐々に行動の修正が図られる。
・自分のことばかり心配していたのが、他の人を気遣うようになる。
・共同体への理解が深まっていく。(それまでは周囲から孤立しており、帰属意識を感じたことがない)

◎回復と平安を祈っています。

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