スポンサーを信頼することと依存症やアダルトチルドレンの回復の関係

依存症やアダルトチルドレン&共依存症から回復したいのだけれど、人を信頼できないのでスポンサーを信頼することにも困難を覚えるという方が案外多くおられるのではないでしょうか?
この問題の乗り越え方について解説しました。

        

1.人を信頼できないので依存症になったという主張

現代の日本で依存症から75%の回復率を上げている医師がおられます。
この医師は依存症を「人を信頼できない病」と定義しておられます。
そしてこの定義にもとづいて治療プログラムを構築し、実践しています。

厳密に言うと、この主張は12ステップとは異なります。
しかし12ステッププログラムのそこかしこに人を信頼できなかったことが依存症に陥った真の原因であり、回復しようとするならどうしても人々との信頼関係を再構築しなければならないという主張が含まれています。

性格上の欠点は四つあり、利己的・不正直・恐れ・配慮の欠如です。
この中の恐れとは人への恐れを指しています。
人が怖かったので不正直な対応をしたのです。
そして不正直な対応をした結果としてトラブルが起き、そのトラブルが起きた人々を自分の側に落ち度があるにもかかわらず一方的に恨みました。
これを利己的極まりない生き方と言わずしてなんと言えばいいのでしょうか。

このように12ステップは人を信頼できなかったことだけが依存症になった原因であるとは捉えていません。
しかし性格上の欠点の中に恐れが明記されているように、人を信頼できなかったことが依存症になった要因の一つであると言っています。

[amazonjs asin=”B01LBXWS4U” locale=”JP” title=”人を信じられない病—信頼障害としてのアディクション”]

        

2.なぜ人を恐れるのか?

アダルトチルドレンなら親に虐待や養育放棄をされたので大人になっても他者を恐れ、それゆえに信頼できないのだと理解することができます。
また共依存症者はパートナーに幾度も失望させられたり騙されたりしたので、パートナー以外の者も自分を虐待したり騙したりするのではないかと考え、人を恐れ、信頼できなくなったとする説明が可能です。

ではアダルトチルドレンや共依存症者以外の人の恐れはどこから来ているのでしょうか?
この質問に答えるのは困難です。
答えを見つけ出す努力をするよりは、人を信頼できるようになる努力をするほうが賢明であると、ありのパパは考えますが皆さんはいかがお思いでしょうか?

        

3.スポンサーシップは信頼関係のリハビリ

依存症やアダルトチルドレンの相互支援グループでは12ステッププログラムを学ぶのにスポンサーシップを結んで個人的にプログラムを学びます。

これは相互支援グループが始まったごく初期にはビギナーズ・ミーティングという教室形式で学ぶものがあったのですが、すぐに廃(すた)れスポンサーシップという個人的関係の中で12ステップを学ぶようになりました。

そのようになった経緯をありのパパは詳しく知りませんが、結果的には今のような形になってよかったと考えています。
なぜならアダルトチルドレンや依存症者が回復するためには人を信頼することをどうしても学ぶ必要があるからです。

この学びを12ステッププログラムという回復に不可欠なものを学ぶ最中に同時に会得するのでなければ、依存症者に信頼を学ぶ機会は永久に訪れないとも言えます。

        

4.人を恐れる心からの解放

①自分の話をし、他者の話を聴く

どうしたら人を信頼できるようになるかと言えば最も効果のあるのは自分の話をし、他の人の話を黙って聴くことです。
なぜこれが効果があるかと言えば、人を信頼していなければ自分の本音を話すことはできないからです。
もちろんはじめから自分の本音を話すことができる人はいません。
何回も何回も建前ばかりの話をします。
しかしそのうちに建前で話すネタがつきます。
そしてとうとう自分の本音を口にするときが訪れます。
これはミーティングに参加する人々の共通の体験ではないでしょうか?
気がついたら本音を話していたのです。

同時に他者の話を聴くことも重要です。
なぜなら「この人は自分の本音や秘密にしていることを話しても大丈夫な人か?」はその人の話を聴くことによって判断するほかはないからです。
私たちは無意識のうちにこのようなことを行っているものです。

中には他のメンバーが話しているときは熟睡し、自分が話すときになるとなぜか目が覚めるメンバーがいます(笑)。
そのようなメンバーがいつまで経っても回復しない理由はここにあります。

②全ての人に敬意をもって接することに全力を尽くす

全ての人に敬意をもって接することに全力を尽くすとき、その人の中から「人が怖い」という人への恐れは締め出されます。
意志にはある特徴があります。
それは一つのことに集中すると他のものを締め出してしまうという特徴です。
皆さんも一度や二度は気がついたら夜になっていたとか食事をするのを忘れていたという経験があると思います。

この特徴を自覚的に活用します。
今までは「他人に傷つけられるのではないか?」と自分のことばかり心配していたのですが、他人だってあなたに「傷つけられるのではないか?」と恐れているかもしれないのです。

だからいったん自分の心配は脇において、少なくとも私はあなたを傷つけないということを分かっていただくために全力を尽くすのです。
そうしたらその時だけ、あなたの中から人への恐れは締め出されます。

人への恐れが締め出されれば不正直な対応に陥ることもなくなります。
自分でもびっくりするぐらいはっきりとした正直な対応をすることができるようになります。
正直な対応をしたことによってトラブルが起きることはありません。
かえって不正直な対応をするときにトラブルは起きます。
人間関係とはそのようなものです。

③利己的動機を発動させない

私たちにはもう一つの恐れがあります。
それは「すべての人は私の期待したとおりに動いて当然である」という思い込みに反して人々が動くことによって自分の自尊心が傷つくことを恐れる心です。

なぜ傷つくかというと「人々は私の思った通り動いて当然なのにそうならないのは私に価値がないからだ」と受け止めるからです。

まさに間違った思い込みはとんでもなく低い自己評価を連れてきます。
だから間違った思い込みを捨てる必要があります。
これは12ステップグループの「手放して、後は神におまかせ」というスローガンに表されています。

この問題の解決は利己的動機を発動させないことです。
感情にさざなみが起きることによって利己的動機にスイッチが入りそうになっているのを知ることができます。
そうしたら間髪入れずに自分自身に向かって「いいか、すべての人は自分自身のために生きており、私のために生きているわけではない。だから他者が私の期待した通りに動くのを期待すること自体が狂気の沙汰なのだ。分かったな!」と言い聞かせます。

このようにして私たちは人間関係を傷つけることなしに生きていくことが可能になります。

5.恐れからくる身勝手からの解放

利己的と似たものに身勝手があります。
これの区別は恐れとの関係によって判別します。

身勝手は恐れが動機にあります。
人に捨てられたら怖いと思うので、先に自分から相手を捨てるのです。
このようにして次から次へと恋人を捨てる人がいます。

「すいません。すいません」と何度も謝る人がいます。
しかし謝れば謝るほど人間関係が悪くなるので、自分でも訝(いぶか)しんでいます。
「おかしい。こんなに謙遜に謝っているのになぜトラブルが続発するのか?」という感じです。

これはありのパパ個人の体験でもあります。
お腹の中では「こんな謙遜な人をつかまえて怒るなんて傲慢ではないか!ちょっとは反省しろ!」などと思っていたのです。

しかし恐れにもとづいて身勝手な振る舞いをしているとき、本当のことを言えば相手のことは見えていませんでした。
というか相手のことなどどうでも良かったというのが本当のところでした。

焦点が自分にしか当たっていませんでした。
理由は人が怖いという恐れに苛(さいな)まれていたので、なんとか秒速で目の前にあるトラブルを解決しなくてはならないという切迫感に支配されていたのです。

これの解決策は「全ての人に敬意をもって接することに全力を尽くす」ことですが、他にもあります。
それは「あなたが変わろうと変わりまいと私の知ったことではない。私は私である。さて、それであなたはどうするか?」という態度で相手に対応することです。

この時あなたの眼には相手の方がはっきりと映っています。
あなたに相手にされているとはっきりと知ることができたら、その方はあなたが望むものをあなたにくれるかもしれません。
「必ずくれる」と考えるのは共依存症です(笑)。

◎回復と平安を祈っています。

こちらの記事もどうぞ

どうぞコメントをお残しください。初めてコメントなさる方は必ず自己紹介をお願いします。自己紹介のないコメントを承認することはありません。詳しくは[お知らせ]の[コメントしてくださる方へ]をご覧ください。