スピリチュアルに目覚めたらアダルトチルドレンから回復できる!

アダルトチルドレンから回復しようとするとき必要なことは考え方や感じ方そして行動の仕方が変わることです。
この考え方や感じ方や行動パターンが変わることを霊的(スピリチュアル)に目覚めると言います。
ではどうしたら霊的に目覚めることができるのでしょうか?

1.まず自分がアダルトチルドレンであると気づく

ありのパパはどの団体に所属しても模範生になりました。
他の人に迷惑がられるぐらい、その団体が理想とする人物像を演じました。
「演じました」と書きましたが、当時は演じているとはつゆほども思っていませんでした。

もう一つは他の人は「この団体はもうだめだな」と感じ、我先にと船を下りるようなときでもそうできませんでした。
気がつくとその団体における「最後の一人」になっていました。

心のどこかで「なぜいつも自分はやってはならないと思っている行動をしてしまうのだろうか?また他の人のようになぜ途中で止めることができないのだろうか?」と思っていました。

ですからアダルトチルドレンの概念に出会ったとき「まさしくこれは自分のことである!」と受け入れることができました。

2.アダルトチルドレンの問題の真の原因に気づく

アダルトチルドレンの回復作業に統合作業というものがありますが、その12番目に「私たちは人が怖いので、その反動でとても依存的になる。また子供時代に経験した見捨てられる痛みを経験しないためなら何でもやってのけるほどである」というのがあります。

これの統合作業をやっているとき「これはまさしく自分のことを言っている」と感じました。
またこの[人が怖いという人への恐れ]が動機となって人々に対して不正直な行動をとるという行動パターンが問題の真の原因であることがわかりました。

人が怖いので問題やトラブルに対して正直な行動をとらないというのが私の行動パターンでした。

それがなぜ自分の本能を傷つけるのかというと、自分自身は不正直な行動をする本当の理由を知っています。
それで「おまえは本当に臆病なやつだな」ということで自分自身の自尊心が傷つきます。
当然、対人関係も傷つきます。

そして「今はまだなんとかなっているけれど、こんなことをしていたら将来必ず人間関係が破綻する」ということで将来野心の感情面での安全が傷つきました。

3.どうやったら本心から気づくことができるか?

気づいたふりはいけませんし、自分自身を納得させるということはやろうとしてもできることではありません。

ではどうしたら気づくことができるかというと12ステッププログラムの棚卸し作業によって気づくことができます。

それまでは「私が傷ついたのは他人が全部悪い。私は被害者である」という自覚の元に生きていました。(アダルトチルドレンの問題リストの5番目)

しかし12ステップに取り組んで、ことに4と5に取り組むことによってそうではないことが分かりました。
問題の原因は別にあり、それは自分自身の性格上の欠点から来る行動パターンが真犯人でした。
私には人が怖いという人への恐れがあり、その人への恐れが人間関係において不正直な対応をとらせていたのでした。

気づいてみればすべては自作自演だったのです。

この地上に自分自身の性格上の欠点から来る行動パターンに気づくことができるのは12ステッププログラムの棚卸し作業以外にはないと、ありのパパは考えています。

ところで皆さんは本当に気づいた人と、気づいたふりをしているだけの人との違いの見分け方を知っていますか?
それは自分が本当に馬鹿だと気づいている人は、他の人から「あなたは本当に馬鹿だね」と言われてもなんともありません。
もちろん心の中で「あんたもアホやけどな!」と言うのを欠かしませんが(笑)。
しかし振りをしているだけの人は「そんな言い方ってないだろう!」と怒り心頭に発します。
要するにいともたやすく化けの皮がはがれるわけです。

4.問題の原因の明確化と問題解決のための解決策が霊的目覚めの内容

性格上の欠点から来る行動パターンが原因であることが分かったら、解決策も自ずと明らかになります。

それは古い行動パターンを使わないことであり、そのために新しい行動パターンを100%実践するという方法で古い行動パターンを削除します。

5.一般的に見られる問題パターンのご紹介

①利己的振る舞いが原因で配慮の欠如となって現れる行動パターン

「すべての人は私の期待したとおりに動いて当然である」という間違った思い込みを持っているのはありのパパだけでしょうか?
たぶん程度の差はあれすべての人がこの間違った思い込みを持っていると思います。

人が自分の期待したとおりに動かないと怒りを感じるのは、それによって自分の共存本能の自尊心が傷ついたからです。
期待した通りに動いて当然と思っているときは当然のことながら充分な配慮をすることはできません。
ですから利己的考えは必ず配慮の欠如として行動に現れます。

このカラクリが分かったら解決法は簡単です。
配慮の欠如が問題だったのですから、配慮を充実させればいいのです。

弁当を二つ用意して、そのどちらも選ばなかった相手に腹を立てているときは今度から弁当を三種類用意すればよいのです。

②恐れが動機となって不正直な行動をとる場合

どうしたら恐れを取り除くことができるでしょうか?
それは「すべての人に敬意を持って接することに全力尽くす」ことによってです。
そうしたら、その時だけあなたは人が怖いという恐れを感じません。
それはそうです。あなたは相手に対して敬意を持って接することに全力を尽くしているので恐れを感じている暇がないのです。

自分の中から恐れを締め出すことができれば、あなたは不正直な対応に陥ることもありません。
不正直な対応に陥らなければ本能は傷つきません。
本能が傷つかなければ感情は暴走しません。
感情が暴走しなければ不快感情から逃れるために嗜癖に走るというお定まりの行動も必要なくなります。

③敬意をもって接していても恐れがなくならない?

中には「敬意をもって接していても恐れを感じます」と仰る方がいます。
もちろんそれは事実でしょう。
しかしお尋ねしたいのは、あなたは敬意をもって接することに100%全力を尽くしておられるでしょうか?
どこかに余力を残していませんか?
ふてくされていませんか?
余力を残していたり、ふてくされていては決して全力を尽くしているとは言えません。

6.新しい生き方ができないという人への助言

①古い行動パターンを使わない決心は本物か?

ステップ6には「短所を取り除く準備がすべて整った」とあります。
あなたは本当に取り除いてもらおうと思っていますか?
「別れたいなぁ」とおもっているのと「別れると決心する」のは全く別のことです。

②助力を求めて神に祈っているか?

ステップ7の実践には神の助力が必須のものです。
私たちは毎朝、助力を求めて神に祈ります。
まさに祈りなしには一日を始めることができないのです。

さて、あなたは助力を求めて毎朝祈っておられますか?

③神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求めているか?

神の力は神の意志を実践しようとしている時だけ与えられるものです。
しかし神の意志を実践しようとしたら自動的に与えられるものではありません。

神の意志を知ることと、それを実践する力を求めるのは別のことです。

もしあなたが神の力を求めて祈らないなら、決して神の力があなたに与えられることはありません。

◎回復と平安を祈っています。

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