勉強や仕事のやる気がでないのは強迫観念が原因かもしれない

やる気が出ないのは強迫観念が原因かも知れません。
この記事ではまず強迫観念とは何かを解説し、その次に強迫観念が悪さをすることによって『やる気』が失われてしまう理由を明らかにします。

        

1.強迫観念とは何か?

強迫観念とは脳の報酬系にできた依存症回路から出てくるものです。
「私は依存症者ではない!」と思われた方もおられるでしょう。

しかしこのメカニズム(依存症回路から出てくる強迫観念が悪さをする)は程度の差はあっても多くの人に見ることができるものです。

この強迫観念は三つの領域で悪さをします。

一つ目は物質依存です。
初めのうちはストレス解消のための良い手段であったアルコール・薬物が気がついてみれば自分自身がアルコールや薬物の奴隷になっています。

二つ目は行為依存です。
ギャンブル・買い物・セックス・過食などの行為に依存させます。

この二つだけなら依存症者以外には関係のない話であるということもできます。

しかし次の三つ目の思考習慣の依存の場合はどうでしょうか?

これにはアダルトチルドレンから来るものと、共依存から来るものがあります。

2.アダルトチルドレンという依存症

アダルトチルドレンから来るものにはおもに13の特徴的な思考習慣があります。
この思考習慣は嗜癖習慣とでも呼ぶべきものです。

たとえば問題リストの6番目の「過剰な世話焼き・行き過ぎた責任感」は傍(はた)から見ると面倒見の良いおばさん・おじさんに映るかもしれません。

しかし実際は本人はやりたくないにもかかわらず、いやかえって自分は「今度こそ過剰な世話焼き・行き過ぎた責任感を発揮しないぞ!」と堅く決心しているにもかかわらず、いざその場に臨むといとも簡単に強迫観念が教えるウソにころっと騙されてしまいます。

自分でも内心は「なぜ自分はこのような病的な行動をしてはならないと思っているにもかかわらずしてしまうのだろうか?」と訝(いぶか)しんでいます。

この真実はその人の脳の報酬系に依存症回路ができており、そこから「過剰な世話焼きをするんだ!行き過ぎた責任感を発揮するんだ!」という命令が発せられるているのが原因なのです。

このように自分がしたくないと思っているにもかかわらず強迫観念の働きによって思考習慣の嗜癖に陥ってしまうことが日常になってしまうと、その人から『やる気』やモチベーションが失われてしまいます。

それは「どうせ今度もうまくいかないに決まっている」という諦めと絶望感がその人を支配するようになるからです。

ここまでの説明をお読みになられてもなお「自分には関係ない」と言えるでしょうか?

        

3.共依存症は依存症の一種

共依存からくる病的なコントロール欲求は三者に働きます。

それは『他者』と『神』と『自分自身』に対してです。

①他者へのコントロール

一番わかり易い形で現れるのは他者に対する病的なコントロール欲求です。
なぜなら、これはトラブルに結びつきやすいからです。

職場の同僚や家族に「あなたは、なぜそんなに自分の思い通りにしようとするのか?!」と抗議された経験のある方は要注意です。

他者との間にトラブルを抱えるとやる気は失われます。
なぜなら「どうせ一生懸命にやっても周りは分かってくれるどころか迷惑にしか思わないのだから」と考えるようになるからです。

トラブルが起きる原因が自分の一生懸命さにあるのではなく、自分の中らから出ている病的な支配欲求が原因なのだと気づくまでは解決はありません。

②神に対するコントロール

神に対するコントロール欲求というとわかりにくいですが、これは厳然としてあります。

たとえば「引き寄せ」とか「スピリチュアル」と呼ばれるもののほとんどは、強迫観念から出てくる病的なコントロール欲求が神に向けられたものです。

しかしいくら病的な支配欲求を神に向けても、神は私たちの思い通りにはなりません。

神の力は神の意志を実践しようとしているときにだけ与えられるものです。
自己意志を実現しようとしているときには決して神の力は与えられません。

ですから『引き寄せ』やスピリチュアル系の教えは必ず徒労に終わります。

神頼みの人生はしばらくの間はものすごいエネルギーを産み出しますが、自分の人生が1mmも変わっていないのに気づくとき『やる気』は失われます。

③自分自身に対する病的なコントロール

自分自身に向けられた病的なコントロール欲求に気づくのは難しいことです。

なぜなら他者に向けられたものは即座にトラブルに結びきつきます。

神に向けられたコントロール欲求は、これは一人芝居に過ぎませんから結局徒労に終わります。

しかし病的なコントロール欲求が自分自身に向いていても被害ははっきりとした形で外には現れてきません。

また現れたとしても、その原因が強迫観念であることに気づくのは難しいことです。

4.病的なコントロール欲求の自分自身への現れ方

病的なコントロール欲求は主に2つの点に現れます。

一つ目は目標が異常に高いというところです。

「どないしたら、そんな高い目標を達成できるって言うんじゃ!」と言わなければならないようなところに目標を起きます。

しかしこれが強迫観念から出ていることに気が付かないと、唯々諾々(いいだくだく)と従ってしまいがちです。

高すぎる目標の設定も自分自身からやる気を失わせます。

もう一つは成果を精査するときの誤りです。

当然、目視で精査するべきところを顕微鏡で精査します(笑)。
これでは正しく精査できるはずがありません。

しかしこれも強迫観念から出ていることに気づかないと、その理不尽な結果にまたしても唯々諾々と納得してしまいがちです。

やってもやっても自分の中に納得も満足も与えられないとき『やる気』が持続するはずはありません。

5.強迫観念が教えるウソを容易に見破るために大切なこと

それは自分が「嫌だな」と感じる部分が強迫観念から出ていることに気づくことです。
気づくことができれば無力を認めることができます。
なぜなら私たちは強迫観念に対して無力だからです。

よく目にするのは「私たち無力よね〜」と宣(のたま)うのですが、具体的な問題行動に対して、それが強迫観念そのものであるのを認めていない場合が多いということです。

これでは12ステッププログラムの効果を発揮することはできません。
(12ステッププログラムとは強迫観念に対して効果があるプログラムのことです)
なぜなら12ステップが効果を発揮するのは、私たちが無力を認めている点についてだけだからです。

漠然と無力を認めているなら、12ステップの効果も漠然としたものにとどまります。
しかし特定の行動に対して明確に無力を認めることができれば、12ステップの効果は著しく現れることができます。

ありのパパはこの事実に気づいた時、文字通り自分の生活の中で「これがなかったらいいのに」と感じるものに対して片っ端から無力を認めていきました。
そうしたところ人生が激変しました。

「理屈はそうだけど、そんなにうまく行くわけない」と言っている間は何も変わらないままです。
騙されたと思って思い切って実践してみるとき、あなたの生活に奇跡が起きます。

(強迫観念について詳しく書かれた書籍をお読みになりたい方に以下の書籍をお勧めします)

アダルトチルドレンや共依存症者のミーティングに一度参加してみたいという方は以下からどうぞ。

◎回復と平安を祈っています。

        

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