アダルトチルドレンの「人が怖い」を解決する。人が怖いあなたへ

今日の記事は「何とか社会生活を営んでいるが、生きづらくて仕方ない」という方を対象に書きました。
社交不安障害や対人恐怖などの診断をされている方はここで書かれていることを鵜呑みにせず、医師の指導に従ってください。
しかしそのような方々であっても、症状の軽減が図られ、症状の根っこにあるものに目を向ける余裕を持てるようになったら、この記事に書かれてあることを実践してみてください。
ただし、その場合でも医師の指導と助言に従ってください。

1.人が怖い理由

①人が怖いと感じて一歩を踏み出せない原因

それは人への恐れに対してどのように対処すればよいかの方法を知らないからです。
ある人はカウンセリング的アプローチによって人が怖いという感情の軽減を図ろうとします。
しかしこの取り組みは功を奏することなく、自分自身は依然として人への恐れに対して無力なままであると感じる方がとても多いようです。

その理由も明白です。
正直な心になって考えていただきたいのですが、感情が暴走するのは本能が傷ついたからです。
その本能が傷ついたというところを解決しないで感情だけを何とかしようとしても徒労に終わるほかはありません。

②始めから期待していなければ、失望することもない

もう一つの理由は「人々は自分の期待通りに動いて当然である」という間違った思い込みです。
分かりやすい例で言えば、我が国では電車は時刻通りに運転されることが当たり前とされていますが、諸外国ではそうではありません。

外国では遅れるのが当たり前であり、そのことで怒ったりする人はいないようです。

しかし我が国ではちょっと遅れただけで怒りを爆発させている人を見かけることがたまにあります。

その「時刻通りに運転されるのは当然である」という期待は合理的なものか、それともひとりよがりの思い込みにしか過ぎないものでしょうか?

電車の運行ならば、怒っている人を見て「みっともない人だな」と心の中であざ笑うことができても、自分の中にある「人々は自分の期待通りに動いて当然である」という思い込みを笑い飛ばすことが出来る方はあまりいないのではないでしょうか?

人が怖いと感じるのは「人々は私の期待通りに動いてくれず、私はいつか人に裏切られるのではないか?」という恐れから来ています。
しかし、そもそも人々には私の思い通りに動かなければならない義理などはこれっぽっちもないのです。
ですからこれは根拠のない妄想に過ぎません。
この事実に気づくならば、(いつか人に裏切られるのではないかというところから来る)人が怖いという恐れから解放されることができます。

2.劣等感やトラウマは人が怖い本当の理由ではない

「人が怖い」で検索すると、「人が怖い原因はトラウマや劣等感である」とするものが多く出てきます。
しかし本当にそのとおりでしょうか?
ありのパパはそうではないと考えています。

自分の中にある「人への恐れ」の原因をトラウマや劣等感に求めることで、かえって回復を困難にしていると思っています。

劣等感やトラウマがあるから人が怖いのだという理解では「では劣等感がなくなったら人が怖くなくなるのか?」ということになります。
どうやって劣等感をなくすのか知りませんが、もし本当に劣等感がなくなったら、その人は傲慢になるのではないでしょうか?
そして弱い人を思いやることができず、「私はこうして回復したから、お前もそうしろ!」と平気で言うような人になるのではないかと思います。

劣等感を持っているからこそ、弱い人に共感できるし、弱さに徹することからくる強さを身につけることが出来るのです。
このような強さこそ本物であり、「劣等感を克服しました」みたいなことを言うのは所詮は演技に過ぎないのではないかと、ありのパパは考えています。

3.アダルトチルドレンはカウンセリングだけでは回復困難

「アダルトチルドレン&人が怖い」で検索すると、そこに出てくるものはすべてカウンセリングによって回復を目指すものばかりです。

しかしカウンセリングだけではアダルトチルドレンは回復困難です。
その理由をご説明します。

カウンセリングではクライアント(相談者)はお金を払っているお客さまです。
そしてカウンセラーはお金をもらっているサービス提供者です。
これは素(す)の人間関係ではありません。

アダルトチルドレンが人が怖いと感じるのは対等の関係か、自分より偉い人たちに対してです。
カウンセリングの関係の中で一番偉いのは誰でしょうか?
そうです。お金を払っているクライアント自身です。
ですからそのような関係の中で、人が怖いという感情を感じなくなったとしても意味はあまりありません。

なぜなら自分が一番偉いという自分の王国の中から一歩出た時が本当の問題だからです。

・対等の人間関係の自助グループに参加してみる

そのためにも対等の関係の自助グループに参加なさることをお勧めします。
この利害関係のない対等の関係の中で恐れを克服する練習をすることです。

もちろん実社会では利害関係があり、自分と対等の関係の人ばかりではなく、自分より心理的に上位の人との関係をうまくこなしていくという、より困難な課題があります。

しかし心配御無用です。
なぜなら対等の関係の中で人間関係をうまくやっていくことが出来る人は実社会でもうまくやっていくことが出来るものだからです。
その理由は利害関係があるように見えても、実社会の人間関係を律しているものは対等の人間関係と同じものだからです。

その律しているものとは「この人は私を傷つけないだろうか?」という心配に対して「私はそのようなことをしない。かえって私はあなたに敬意をもって接することに全力を尽くす」という態度を示すかどうかにかかっているということです。
それさえ出来るなら人間関係はうまくいきます。
ありのパパが保証します(笑)。

4. 恐れの感情と性格上の欠点である恐れを分けて考える

12ステッププログラムが他のカウンセリングと比べて突出して優れているところは感情としての恐れと性格上の欠点である怖れを分けて考えるところです。
他の一般的なカウンセリングで、このように恐れを2つに分けて考えるものをありのパパは知りません。

なぜ2つに分けて考えることに大きな利点があるかというと、それは恐れが一つのものだと考えると結論は「それじゃ仕方ないね」(笑)で終わるか、カウンセリングによって症状の軽減を図るというアプローチになるしかないからです。

しかしこのやり方は体験したことのある方なら同意なさるのと思うのですが、現実生活の中では全くと言ってよいほどに役に立ちません。

・問題の本質は何かを明確化する

カウンセリングルームでうまく行ったからと言って、それが実生活の中でもうまく行くとは限りません。
限らないどころか、ほとんどうまく行かないと考えたほうが良いでしょう。
なぜなら実生活は言ってみればカウンセリングルームの中で行ったことの応用編だからです。
しかし果たしてカウンセリングルームの中で習ったことを応用することができる人はいるでしょうか?
率直に言って難しいことであると言わざるを得ません。

12ステッププログラムは自分ともう一人の人が対等の立場で一緒になって「性格上の欠点は何か?」「そこから出てきた行動パターンは何か?」を見つけ出します。
ほとんどの人にとってそのような経験は生まれてはじめてのものです。

カウンセリングのカウンセラーからクライアントへという上から下へではなく、対等の仲間(先ゆく仲間という違いはある)が自分の棚卸し表を何時間も掛けて検討します。

このような経験こそが、「わかったつもりだけど実は何にもわかっていない」「頭では分かっているのだけれど、体がついていかない」という罠から私たちを助け出してくれるのです。

5.人が怖いのと新しいことをするのが怖いのは全然違う

「人が怖い」で検索すると「新しいことをするのが怖い」をテーマにしているサイトも出てきます。
あたかも人が怖いのも新しいことをするのが怖いのも同じであると言わんばかりです。

しかし事実はそうではありません。
例えばありのパパは人が怖いですが、新しいことにチャレンジするのが大好きです。
新しいことに対して少しも躊躇を感じることがありません。
しかしいかになれた環境であったとしても、やっぱり人が怖いのです。
多分これは生きている間はなくなることはないだろうと思っています。

しかし心の中に人への恐れがあるからこそ、その恐れを締め出すために「すべての人に対して敬意をもって接すること」に全力を尽くす生き方を実践できるのです。
意味不明な言い方をして申し訳ないのですが、「恐れがあるからこそ、新しい生き方を全力で実践できる。だから恐れが無くならなくても良いし、そのような意味では私は今では恐れを恐れていない」のです。

『愛には恐れがありません。愛することに全力を尽くしているとき恐れは締め出されます。恐れるのはいつかはうまく行かなくなるのではないかという不安が伴っているからです。愛していながら恐れている者は愛することに全力を尽くしていないのです』[新約聖書ヨハネの手紙第一4章18節](意訳)

◎回復と平安を祈っています。

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