恋人に借金があると分かった時、どのように対処するのが最善か?

結婚も考えたお付き合いしている男性に借金があることについてのご相談です。
別に茶化すわけではありませんが、Yahoo知恵袋にでも掲載されているかのようなご相談です。
しかし聡明な相談者はこれが自分自身の共依存的傾向と関係があるのではないかともお考えになられました。
そこで公平な第三者として、共依存の仲間として、ありのパパの考えを述べてみます。

ご相談内容: 

ありのパパさんお久しぶりです。以前に共依存のことで相談した者です。

今回はお付き合いしている彼の、金銭感覚のことで相談させてください。
彼も私もクリスチャンで、付き合い始めて1カ月程度です。
結婚の話も彼から真剣に考えたいと伝えられました。
性格も穏やかな人ですし、趣味も話も合うので私も祈りながら導かれるといいなと思っています。

ただ気になる点が、彼が学生時代の奨学金の返済と、車のローンの返済が済んでいないということです。
私の中で「借金を抱えた上での結婚は、どうなのだろう?」という不安が消えません。
彼は「信仰でなんとかなる」というようなことを言っています。

しかし、その発言自体に不安を覚えてしまうのは、私の信仰が足りないからでしょうか?
モヤモヤとしたこの気持ちが、共依存からくるものなのかもよくわからず、ご相談させていただきました。

………相談内容はここまで………

こんにちは、ゆかちさん。
お久しぶりです。お元気でいらしたでしょうか?

結婚前提で付き合っている男性が借金を抱えていることに引っかかりを覚えるとのこと。
そしてそれが共依存から来ているのかもしれないので相談してみようということですね。

一つ一つ具体的に見ていきましょう。

1.その借金はどんな種類の借金か?

たとえばギャンブルや性的行為(買春など)などの依存症によって借金をこしらえているなら、それはアウトです。
もちろん依存症から回復し、借金返済が定期的に行われているなら問題はないということもできます。

さて、ゆかちさんの彼氏が抱えている借金は奨学金と自動車です。
奨学金は現在では多くの人が利用しており、その返済困難が社会問題にもなっています。

たとえばほとんどの企業経営者は運転資金や設備資金を金融機関から借りています。
それらの企業経営者が結婚しようとする時に、その企業の借金が問題視されることはないでしょう。

企業の借金と個人の借金の違いは、前向き(拡大再生産)なものか後ろ向き(縮小再生産)なものかというところにあります。
昔は個人がする借金は後ろ向きなものがほとんどでした。

では学資ローンはどうでしょうか?
学資ローンは自分自身の人生に対する投資であり、企業の設備投資同様に前向きなものではないでしょうか?
そのようなわけでありのパパは奨学金を抱えていても何の問題もないと考えます。

2.問題の核心は何か?

むしろ問題の核心はそのローンの返済が滞(とどこお)りなく行われているかどうかにあります。
なぜなら返済が滞ると延滞利息が付いてしまい、返済が何倍にも困難になるからです。

3.信仰によって借金の返済は可能か?

信仰者がよく口にする決まり文句が「信仰によって可能」という言葉です。
しかしこれは信仰の適用の仕方が間違っています。
信仰はそのように適用するものではありません。

「どうしたら無理なく最後まで返済し終わることが出来るか?」を考え、神の助けを求めるのが信仰です。

ひょっとしたら「信仰によって可能」と言わなければならないのは「無理をしないと返済できない」という本音の投影なのかもしれません。
もしその可能性があるならば「毎月の返済額と給料の比率は妥当か?」なども検討する必要があります。

トライ&エラーを繰り返しながら、神の意志(みこころ)に到達するのが、神が定めておられることです。

4.価値観は同じ方向を向いているか?

趣味が同じなのは夫婦関係を続ける上で良いことです。

しかしもっと大切なことは価値観が同じ方向を向いていることです。
もちろん全く同一の価値観の持ち主は一人もおりませんから、同じ方向を向いているかどうかが大切なことになってきます。

ありのパパがいくら学資ローンは一般的なことであり、結婚する段階で残っていても問題はないと言ったとしても、ゆかちさんの価値観として「どうしてもそれは受け入れられない」ということであれば、それは仕方のないことです。

絶対に借金をしない人か、結婚する段階で借金返済が終わっている人を見つけるしかありません。

大切なことは自分の価値観に妥協しないことです。
たとえ妥協するのが正しいことであると感じても、妥協すると後から後悔や恨みの感情が出て来やすくなります。
この恨みや後悔の感情が私たちの人生を台無しにします。

ある人々は「これが正しい決断である」と考えて、自分自身の価値観に反した決定をしますが、そのような人々は後から後悔や恨みの感情に知らず知らずのうちに苦しめられている場合が多いようです。

ですから「今付き合っている男性は良い人だから、自分の価値観に反する部分があったとしても、そこは目をつぶろう」と考えないほうが良いです。

しかし「後から後悔したとしても、それでもかまわない」と考える場合も充分にありえます。
この場合は「後悔したとしても後悔しない」ということですから、病的な感情は生まれようがありません。

もしあとから「こいつは仕方のない奴だな〜」と感じるようなら覚悟が足らなかったということです。
「後悔しない覚悟はあるか?」と自分自身に聴いてみることです。

5.共依存の問題はどうか?

共依存とは「私はあなたのために尽くすから、あなたは私の思ったとおりの人になってね」というものです。

ゆかちさんはご自分を省みて、いかがでしょうか?
気をつけなければならないのは、これは程度問題であるということです。

人は誰でもある程度はコントロール欲求を持っています。
そのコントロール欲求の度が過ぎると病的になり、自分と相手の人生を破滅させます。

お相手の男性に「結婚する前に借金は清算しておいて欲しい」というのは(客観的に言うと)病的な共依存から出ていると言うことは出来ません。

健全な範囲内であると、ありのパパは考えます。

健全と病的の分水嶺は、相手の方に「敬意をもって接することに全力を尽くせるかどうか?」にあります。
「私の考えたとおりに動いてない」と心の奥底で受け止めている人に対して「敬意をもって接することに全力を尽くす」ことはできません。(芝居は出来ますが、その芝居はいつかは破綻する時がやってきます)

反対にわずかな共依存欲求があったとしても敬意をもって接することに全力を尽くせているなら大丈夫です。

どうぞ、そのご判断はゆかちさんご自身がなさってください。

◎平安と祝福を祈っています。

“恋人に借金があると分かった時、どのように対処するのが最善か?” への5件の返信

  1. EAのブラウンです。お世話になっております。

    私は強迫的ギャンブラーなので 借金と聞くと自分の事の様にドキとなります。(笑)

    このコラムでは健全な借金をあつかっている様ですが、ブラウンはギャンブルと借金がギリギリセーフであるというような価値観に相手の女性を変えようと必死に努力していた時代もありました。

    (相手を変えられないという事に気付いたのは随分ステップをしてからです)

    私の様なギャンブラーは世間の評価が悪いのでたとえ自分が回復し、借金を返済し続けたとしても、色んな事象の中でアウトなんだという事をよく目にします。

    その過程の中で古い自分がいたたまれず、またギャンブルをしてしまうという同じ事の繰り返しで(神の意志を使わず自分の意志を使った)負のスパイラルに陥ります。

    いつもコラムで気付きをありがとうございます。

  2. こんにちは、ブラウンさん。
    お元気ですか?

    コメントをありがとうございます。
    そうですね。底付きするまでは悪あがきしますよね。
    振り返ってみれば、それも仕方ないかななんて、思ったり思わなかったり(笑)。

    またコメントしてください。お待ちしています。

  3. ありのパパさん、いつもありがとうございます。
    自分が共依存と知ってから、このブログを通して少しずつ生きやすくなっていることを感じ、平安を覚えています。

    彼に不安な想いを正直に伝えたところ、計画的に返済していることや、いつまでに完済したい、ということまで教えてくれました。感謝です。

    >大切なことは自分の価値観に妥協しないことです。
    相談する前は、借金=悪、という凝り固まった価値観で生きていました。
    パパさんの借金の解釈を聞き、祈るなかで、「ああそうか、必要な資金なら、借金は用いるべきものなのだな」と、簡単にストンと腑に落ちたのです。
    これは正反対の価値観に妥協してしまったことになるのでしょうか、、?
    私の中では頭を柔らかくしてもらったようなイメージなのですが。。

    >健全と病的の分水嶺は、相手の方に「敬意をもって接することに全力を尽くせるかどうか?」にあります。
    敬意を持って接するとは「相手を敬い、必要があれば感謝や謝罪を伝えること」と解釈しています。
    だとすると、彼には全力を尽くせると言えます。
    ぜひパパさんの「敬意」の解釈もお聞かせ願いたいです。

  4. こんにちは、ゆかちさん。
    コメントをありがとうございます。

    良かったですね。ご自分の思いを正直に話すことができ、彼氏もその気持ちを真正面から受け止めてくれたようです。

    さて「価値観を変えるなとはどういうことか?」ですが、「神様、私にお与えください。変えられないものは受け入れる落ち着きを、変えられるものは変えていく勇気を、そして2つのものを見分ける賢さを」という祈りに尽きます。

    次の「敬意とはどういうことか?」というご質問は置かれた立場によって異なりますが、ゆかちさんの立場であるなら「真っ直ぐに相手を見ることができる」ということになるでしょうか。

    よろしくお願いします。

    またコメントしてください。お待ちしています。

  5. ありのパパさんこんにちは
    具体的な祈り方を教えていただき、ありがとうございます。

    真っ直ぐに相手を見ることがそんなに大切なことなのか、と正直、驚きました。祈りのなかで、自分を点検していきたいと思います。新たな視点をいただき、感謝です。

    ありがとうございました。パパさんのブログ、これからも楽しみにしております(^^)

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