共依存を脱却する具体的方法。これをしないと共依存のまま!

ネット上には「これをすれば共依存から脱却できる」と解説しているサイトが多くあります。
しかし「これで本当に回復できるのだろうか?」とありのパパは感じるのです。
それでありのパパが考える共依存から脱却するための具体的方法を解説することにします。

1.私たちが共依存になる原因

①自分が何者か分からない

養育者に愛されることによって私たちは承認が与えられます。
しかし養育者に十分に愛されなかったなどの理由で承認が与えられないまま大人になると、養育者以外からの承認を求めるようになります。

しかし誰も本当の意味で承認を与えることが出来る人はおりません。
なぜなら真の承認を与えることが出来るのは自分だけだからです。

②愛された体験がないと自分が何者か分からないまま

自分のパートナーを「お父さん・パパ」とか「お母さん・ママ」と呼ぶ人がいますが、これなどはパートナーを自分の擬似親(パラべアレント)にしている典型例であるということもできます。
そしてそれは大体の場合に置いて不毛な結果に終わります。
なぜなら愛されることによって承認を受けるということは真の親にしかできないものだからです。

③承認を与えようとする人は、その人自身も共依存

自分が何者か分からないから他者から承認を得ようとするのは、ある面では仕方のないことであり、これは誰にも止められません。

しかしその結果どうなるかというと、他者に依存するようになります。
自分が何者か分からないで不安なので「君は〇〇だ!」と明確に言い切ってくれる人はかけがえのない存在です。
しかし相手も自分自身をそう思っているかというと、話は違ってきます。
なぜなら人に承認を与える人というのは、自分にも承認を与えてほしいと願っている人である場合が往々にしてあるからです。

なぜかと言いますと、自分自身を承認している人(自分はこれでいい。ありのままの自分が素晴らしいと日々感じている人)は余計なお世話はしないものです。
この場合の余計のお世話とは、承認を求めている人をわざわざ探し出して「私があなたを承認してあげる」などと言うことです。

承認を追い求めると地獄

2.共依存の関係からは決して承認を受けることはできない

真の承認は見返りを求めない人しか与えることができません。
なぜでしょうか?
それは水は高いところから低いところにしか流れないように、承認も高い所(自分自身はすでに承認され、充足感を持っている人)から低い所(これから承認されて心の空洞を満たそうとしている人)へと流れるものだからです。

実は自分も承認されたいと願ってる人が与える承認は本音のところで「あなたのことを承認してあげるから、私のことも承認してください」と思っています。
そのような本音が透けて見える人が与える承認には何の力もありません。
かえって与えられれば与えられるほど混乱の度が深まっていきます。

どのように混乱の度が深まっていくのでしょうか?
相手の与える承認が条件付きであったり、本音が透けて見える承認は信用することができません。
信用できませんから、確かめたくなり「もっと、もっと」とさらに承認を求めるようになります。
そしてそれが病的で過度な承認欲求に変質するのは時間の問題です。

これは承認を与える資格のない人に承認を求めているという時点で、うまくいかないという結果が確定しているようなものです。

アダルトチルドレンが病的な承認欲求から回復するために必要なこと

3.共依存の本質に気づかない限り、何回でも同じことを繰り返す

「この人に承認や受容を求めても無駄だ」という事実に徹底して直面する時、共依存症者であってもその人との関係を切ることはできます。
ここまでは良いのですが、その後がいけません。
ご自分では「これからは他者から承認されることや受容されることを求めないで生きていこう」と健気(けなげ)に考えるのですが、それが自分に可能かどうかということを全く考慮していません。

事実は共依存症から回復するまでは同じことを何度でも繰り返すしかないのです。
なぜならそれは私たちが共依存に対して無力だからです。

それで気がついてみると、いつものお定まりの「人に依存することによって承認を求める」という誤った依存行動に陥っています。
このようなことを繰り返しているとますます自分が何者か分からなくなります。

これはあたかもアルコール依存症者がはじめのうちはアルコールが自分の心を開く友達だったのに、気がついてみるとアルコールが自分の人生を破壊する敵そのものの存在になっていたというのと全く同じです。

自分が何者か知りたいという欲求を満たすために人に依存していたのに、今や他者に依存するという行為の故に自分が何者か分からなくなるという悪循環に陥っているのです。

「自分が何者か分からない」という言葉を若者が言うのなら何の問題もありません。
しかしアダルトチルドレンや共依存症者が言う場合には問題があります。

なぜならば若者の場合は年齢が進むにつれてアイデンティティーが確立されていき、自分が何者かなどは悩まなくなるからです。
これに対してアダルトチルドレンや共依存症者の場合は下手(へた)をすると死ぬまで自分が何者かわからないままです。

4.自分が自分自身の愛ある親になる

自分自身が愛されている存在だということが分かれば、他者に依存することはなくなります。
自分自身が愛されているという確信があれば「自分が何者か分からない」という疑問は起きようがありません。

どうしたら自分が愛されている存在であると確信できるのでしょうか?
ここが肝心です。
百万遍、自分が愛されていると唱えても、そんなものは何の効果もないでしょう。
人間の心というものは体験できたものだけを納得し受け入れるという特徴があるからです。

答えは自分が自分自身の愛ある親になることです。
そして自分の力では自分自身の愛ある親の役目を果たすには力不足ですから、自分なりに理解した神と協力して自分自身の愛ある親の役割を果たします。

神と協働して自分自身の愛ある親という役割を果たし始めると、変化は即座に訪れます。
そして徐々に「自分が何者か分からない」という疑問に対しても明確に応えることができるようになります。
そうです。「私は愛されている。これが私のアイデンティティである」と。

毒親の影響から回復する方法は親替えすること

5.霊的に目覚める

霊的に目覚めるなどと言うとなにか怪しい物を感じる人もいるかも知れませんが、決してそうではありません。
スピリチュアルと言いつつ、実質は宗教であったり、また金銭的利益をせしめようとしているなら、それは偽物です。

真のスピリチュアルは神の定義を「自分なりに理解できる神なら何でも良い」とします。
そして神の概念についてお互いが決して議論しないことを原則にしています。

霊的に目覚めるとは、回復するのに十分な人格の変化と言われます。
では回復するのに十分な人格の変化とは何かと言えば、それは物の見方や受け取り方・感じ方・考え方が全く変わってしまうことを指しています。

これは通常は徐々に訪れる変化ですが、ある人々には一瞬のうちに与えられる霊的体験である場合もあります。
しかしどちらにしても、その本質は「回復するのに十分な人格の変化」であることに変わりありません。

この霊的に目覚めることは12ステッププログラムに徹底して取組むことによってどなたにも与えられると約束されています。
12ステッププログラムははじめアルコール依存症の回復に用いられました。
そして次第に他の依存症や依存症と同じ構造をもつアダルトチルドレンや共依存症の回復にも効果があることが明らかになりました。
それで現在では何百もの依存症からの回復のために全世界で用いられています。

恨みを手放すと霊的目覚めが与えられ、心の静けさを知るようになる

6.他の共依存症の人々と会う

共依存症からの回復のために共依存症者の自助グループに参加することが有益です。
なぜかと言うと、私たち共依存症者は自分が共依存であることを否認しているところがあるからです。

しかし人の話を聞いていると「この人はご自分が共依存症であることを口では認めつつ、しかし実際には否認している」などと言うことがすぐに分かります。
これは「自分のことはなかなか分からないものだが、他人のことはよく分かるもの」と言われているとおりです。

他の人の話は自分自身の鏡となります。
そこで話しているのは他でもない自分自身であると気づく時が必ずやってきます。

もし人の話を聞いて腹が立つようなことがあったら、それは図星だったのです。
図星だったからこそ、腹がたったのです。
他に原因などはありません。

このような営みを通じて私たちの否認・抑圧・合理化は徐々に解除されていきます。
そして自分自身が共依存症であることを認め、正しい努力の仕方で回復を目指して努力するようになります。

共同体から受ける助けが依存症の解決策と言われる理由

CoDA-japan(共依存症者のための自助グループ)

◎共依存から脱却するための具体的方法は親替えすること、霊的に目覚めること、ミーティングに参加することの三つであるようです。
回復と平安を祈っています。

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