人生を変える秘訣。それは古いパターンと新しいパターン。

人生を真に変えるために必要なことは二つだけです。
それは自分の古い行動パターンを知ることと、新しい行動パターンを生きていくことです。
古い行動パターンを使わない決心をし、新しい行動パターンを生きる決心と神に助力を求めるなら人生は必ず変わります。

1.委ねる決心をしても委ねたことにはならない

神の配慮に委ねた人生が実現するのは行動のプログラムに取り組むことによってです。
万が一委ねる決心ばかりをして、実際にステップの4以降の行動のプログラムに取り組まないなら、決して神の配慮に委ねた人生は実現しません。

2.委ねた人生が実現しないなら、人生を無駄にする可能性がある

12ステッププログラムに取り組むことが最終目的となってはいけません。
なぜなら12ステップに取り組むのは目的があるからです。
それは霊的に目覚めるという経験を自分のものにするためです。

霊的に目覚めなければ、神に委ねた人生も当然実現しません。
それで私たちはステップ4以降の行動のプログラムに取り掛かる決心をします。

私たちが変革を体験するのは行動のプログラムに取り組んだ後に起きることです。

3.棚卸し作業こそは人生が変わるための目玉

ステップ4で棚卸し表を書き、ステップ5でそれをもう一人の人に見せ、もう一人の人と一緒に「自分の性格上の欠点は何か?そこから出てきた行動パターンは何か?」を見つけ出します。
これさえ、しっかりとできれば人生は必ず変わることができます。

なぜならステップの6と7で何を実践すればいいかが明確に具体的に分かっているからです。
多くの12ステップ実践者に聞いてみると、「ステップの6と7?やったけど〜。お任せしてお願いして、それで終わり」

それで終わりじぁ〜ねぇ〜(笑)。

ステップ6では古い行動パーンを使わない決心をし、ステップ7では新しい行動パターンを使って生きていく決心と神に助力を求める祈りをします。

これは一生涯続くステップです。
「はい、それで終わり」のような要素は微塵もありません。

4.自分自身の古い行動パターンが明らかになる

①恐れが動機となっている生き方

人に傷つけられるのではないかと恐れる生き方は、実は利己的きわまりない生き方です。
なぜなら相手だってあなたに傷つけられたらどうしようと恐れているかもしれないのです。
それを相手のことはほっぽり出して自分の心配ばかりしているのです。
これを利己的きわまりないと言わずして何と言ったら良いのでしょうか?

12ステッププログラムの棚卸表の性格上の欠点の欄を見ると、恐れの欄が「身勝手・恐れ」となっています。
はじめは一緒に書かれている理由が分かりませんでしたが、今は分かります。
身勝手とは恐れが動機となって相手のケアをしないで、自分の心配ばかりをする取り越し苦労のことを指しているのです。

②刺激に嗜癖する原因は不安

そもそも不安を感じるのは自己意志を我力(がりき)で生きようとするからです。
自己意志を我力で生きた結果、自分の人生が思い通りに生きていけなくなったにもかかわらず、性懲りもなく私たちは自己意志を我力で生きようとします。
うまく行くわけがないのに、バカの一つ覚えのように何回も繰り返すから、内なる自分は不安を覚えるのです。

この不安を感じたくないために私たちは刺激に嗜癖するようになりました。
自分でも何でこんなものに取り込まれてしまうのか不思議に感じるようなことであっても、実はちゃんとした理由があるのです。

5.新しい行動パターンを使って生きていく

①すべての人に敬意をもって接することに全力を尽くす生き方

共存本能の自尊心や対人関係が傷つくと、恨みの感情が暴走しやすくなります。
恨みの感情が暴走すると、怒りが生み出されます。
ありのパパの場合には、これが怒りの爆発につながりました。

相手の方に「自分はあなたを傷つけない人間である」ということを分かっていただくことに全力を尽くしている時、私達は自分の中にある恐れを感じている暇がありません。

そもそも恐れを感じることがなければ不正直な対応に陥ることもありません。
不正直な対応がなければ人間関係のトラブルも起きません。
現にありのパパはこのような生き方をはじめてから人間関係のトラブルが激減しました。

②神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求めることに全力を尽くす生き方

安全本能の感情面での安全が傷つくと、恐れの感情が暴走しやすくなります。
恐れの感情が暴走すると不安が生まれます。
この不安を感じたくないために、人は刺激に嗜癖します。
この刺激が、ある人にとってはギャンブルであったり、性的嗜癖であったりするわけです。

失敗すると分かっている生き方を性懲(しょうこ)りもなく繰り返そうとするから不安を感じるのです。
そしてこの不安を感じないために刺激に嗜癖します。
これが依存症の構造にほかなりません。

ステップ3で私達は自分の意志と生き方を自分なりに理解した神の配慮に委ねる決心をしました。
そして新しい生き方であるステップ11の「神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求める」ことに全力を尽くしているとき、私達は不安を感じている暇がありません。
これはすなわち神の意志を神の力で実践するということです。

たとえ不安を感じることがあったとしても、自己意志を我力で生きていこうとしていたときのような底なしの不安ではありません。
充分にコントロール可能なものです。

不安を感じない時、刺激に嗜癖する必要はなくなります。
そうすると残った問題は脳の報酬系にある強迫観念と渇望現象だけになります。
強迫観念への解決策は霊的に目覚めることだけです。
霊的に目覚めると強迫観念が教えるウソを容易に見破れるようになります。

依存症を入り口と出口から同時に処置する、このやり方が現時点において依存症における回復の最善策であるということができます。

◎回復と平安を祈っています。

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