人生を棒に振ったとお嘆きのあなたへ。日々の棚卸しで人生は大逆転!

12ステッププログラムに取り組み続けると、自分が想像するよりもはるかに変わり続けることができます。
その秘訣は「日々の棚卸し」をやり続けることです。

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1.油断していたらお尻に火がついた

ありのパパはアダルトチルドレンのための12ステッププログラムに長く取り組んできました。
しかしACは死なない依存症であり、ある面では気楽さがあります。
そのためかどうか、ステップの1から3まではやるのですが棚卸しには取り組んでいませんでした。
またやっとこさ棚卸表を書いても、それをもう一人の人に見せるという大切なことをしないままでした。

しかしそうこうしているうちに怒りの爆発という問題に直面し、このままではいつか必ず新聞ダネになるという恐れに苛まれるようになりました。

2.気がついてみれば、怒り依存症者になっていた

ありのパパは父親に殴られて育ったので、「親のようにだけはなるまい」と堅く心に誓ったのですが、気がついてみれば、ガムの包装紙をゴミ箱に捨てず、道端に捨てた高校生を大声で怒鳴りつけたり、うどん屋で騒ぐ幼稚園児たちを叱りつけたりするような人間になっていました。

あれほど親のようにはなるまいと思っていたにもかかわらず、親とそっくりのことをやっているという事実に暗澹たる思いになりました。

それがありのパパをして12ステッププログラムに徹底して取り組む切っ掛けになったのでした。

3.霊的に目覚めても、朴念仁(ぼくねんじん)のまま

12ステッププログラムに徹底して取り組んだ結果、ステップ5でもう一人の人に古い行動パターンを指摘してもらったことにより霊的に目覚めました。

しかし、この時点では「怒りを爆発させると新聞ダネになるから怒りを爆発させてはならない」という程度の理解しか持っていませんでした。
心のどこかでは「俺を怒らせる奴が悪い」と図々しくも思っていたのです。

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4.日々の棚卸しを続けると視点が変わり続ける

「自分自身の棚卸しを続け、間違った時は直ちにそれを認めた」(ステップ11)

依存症からの回復を目指す中間施設(病院と自助グループの橋渡し的存在なので中間施設と呼ばれる)を修了する時に施設職員の方が「ありのパパさん、日々の棚卸しを少なくとも90日間は毎日やってください」と言われ、施設特製の日々の棚卸し表を90日分いただきました。

この日々の棚卸しを感情が動くたびにやって、分かったことがあります。
それは私が感情を害するのは、相手に原因があるのではなく、自分自身に原因があったということです。

日々の棚卸しをやるたびに「神さま、今回ばかりは相手に問題があるでしょ?」と神に語りかけながら作業に入ります。
しかし毎回4,5分もしないうちに「何だ。今回も私に問題があったのか!」と気づき、そんな自分が笑えてくるのです。

もしユーモアを持ちたいと願い、自分を笑うセンスを身に着けたいと思うなら、日々の棚卸しを習慣になさることを皆さんにおすすめします。
どんな朴念仁(ぼくねんじん)でも必ずユーモアのセンスを身につけることが出来ます。
ありのパパがそうであったように(笑)。

これは「他者に傷つけられて恨みの感情を持ったとばかり思っていたが、実は自分の性格上の欠点である恐れが原因で一人芝居をしていたのに過ぎなかった」という理解です。

このような理解を持つと、それは同時に「他人は私を傷つけることが出来ない。結局、幸せは自分持ちなのだ」という理解に繋がっていきます。
そして世間は敵ではなく、ひょっとして仲間かもしれないという思いをさえ持つようになるのです。

5.人生に失敗はない

霊的に目覚めた始めの頃は、恐れの感情に絡め取られると物凄く自分自身を責めました。
「なんてことだ!せっかく中間施設まで行ってプログラムを学んで霊的に目覚めたのに、このザマか!」という感じです。

しかし段々とそうではないことに気づきました。
失敗した時は、即座に日々の棚卸しをやるチャンスなのです。

「どの感情が暴走したのか?恨みか、罪悪感か、恐れか、後悔か?」

「どの本能が傷ついたのか?共存本能の自尊心か、それとも対人関係か?安全本能の感情面での安全か、それとも物質面での安全か?性本能が傷ついたのか?将来野心が傷ついたのか?」

「この出来事に関する自分の側の落ち度の正確な本質は何か?利己的(振る舞い)か、不正直か、恐れか、配慮の欠如か?」

このようにして日々の棚卸しをやると、失敗したなどという否定的な感情が居座ることは決してありません。

豚は元いた所に戻っていきます。
だから聖書には豚に真珠を与えはならないと書かれてあります。
私たちにも優れた生き方を選ばず、バックスライドして元いた場所に戻りたくなる誘惑があります。

なぜなら人のせいにしている方が楽だからです。
しかしそうしていたら、私たちがスリップしないですむための神の恵みは、否定的な感情が障害となって流れ込まなくなります。
そうしたら私たちがシラフを維持するのは絶望的です。

あなたは相手のせいにして楽をしたいですか?
そして豚のように元の場所に戻りたいですか?

それとも日々の棚卸しを文字通り毎日やって否定的な感情が片時も自分の心の中にとどまらないことを通してシラフの生涯を生きていきたいと願われるでしょうか?

賢明な選択をなされますようにと願っています。

◎回復と平安を祈っています。

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