自分の中にある不安を直視したくないために人は刺激に嗜癖する

ありのパパは現在「刺激に嗜癖する」というACの問題の統合作業をしています。
その結果分かったのは不安を直視しないために刺激に嗜癖していたということでした。
この作業をする中で不安の原因も明らかになりました。

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1.12ステップをやっても不安が残る時どうしたら良いか?

不安が残るときというのは、大体の場合において将来に不安を感じるときです。
たとえそれが無意識的なものであったとしても、心に不安を感じている状態は依存症者にとっては解決しなければならない状態です。

なぜなら不安というものは恐れから出ているからです。
ご承知のように怒り&恨み、恐れ、罪悪感、後悔の4つの感情は私たちと神との間の障壁になります。

障壁ができると、私たちをシラフに保ってくださる神の力が私たちのところまで届かなくなります。
ですから少しの間でも、このマイナス感情が心の中に無いようにする必要があります。

2.将来野心の感情面での安全が暴走しやすい

将来野心とは将来に渡って共存・安全・性の本能を充足させようとする本能を指しています。
将来野心の安全本能の感情面での安全がおびやかされるように感じると恐れの感情が暴走しやすくなります。

実はありのパパがそうです。
人間関係や仕事がうまく行っているように見えるとき、どういうわけか不安を感じます。
その理由が長らく分かりませんでしたが、最近ようやく理由が明らかになりました。

それはうまく行っていない場合は想定内であり対応可能なのですが、うまく行っているように見える時「将来きっとうまく行かなくなる」という声なき声が聞こえるのです。
もう皆さん犯人がお分かりですね。
そうです。毒親ロボットです。
毒親ロボットが心の中で「お前なんかうまく行くはずない。いい気になるなよ!」とささやいていたのでした。

犯人が分かれば対処法も自ずと明らかになります。
毒親ロボットのスイッチを切ればいいだけです。
ただ、毒親ロボットはゾンビロボットでもあり、しばらくすると生き返りますので、そのたびにスイッチを切る作業が必要になります。

3.それでも不安が残る場合、どうしたら良いか?

自分の本能の中のどの部分が傷つき暴走しているのかが分かり、対処法を実践した後でも不安が残る場合があります。

その場合ステップの11が役に立ちます。

「祈りと黙想を通して自分なりに理解した神との意識的な触れ合いを深め、(自分の意志・願い・計画・予定を放棄して)神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求めた」

ステップ3で「自分の意志と生き方を自分なりに理解した神の配慮に委ねる決心をした」とあるのはステップ11で神の意志を自分の意志として生きていくためでした。
ですから自分の意志・計画・予定・願い・願望を放棄することなしに神の意志を生きることは出来ません。
どうしても神の意志を生きる前に自分の意志を放棄している必要があります。

不安が残る原因には様々なことが考えられますので一概には言えません。
ありのパパの場合はそもそも神に委ねていなかったというのが原因でした。
委ねていないからこそ不安に感じたのです。
そこに気がつく必要がありました。
将来に渡って責任を持ってくださる神に信頼を置きましょう。
そうしたら不安のあまりスリップしてしまったり、刺激に嗜癖する(ACの問題リストの8番目)ことも少なくなります。

◎回復と平安を祈っています。

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