シラフを維持するために知っておかなければならない三つのこと

シラフの生き方を続けるためには三つの知っておかなければならない秘訣があります。
それは「依存症は治らない病気。しかし回復は可能」と「新しい生き方・埋め合わせする生き方」と「強迫観念への対処の仕方」を知っておくことです。

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1.依存症は治らない病気。しかし回復は可能とはどういうことか?(コンビニエンスストアでの出来事)

ありのパパは怒り依存症です。
単なる癇癪持ちと怒り依存症の違いは、脳の報酬系に依存症回路があるか否かにあります。
いったん回路ができてしまうと死ぬまでなくなることはないと言われています。
これが「依存症は治らない病気。しかし回復は可能。だから回復に専心しよう」ということの根拠になっています。

ある日コンビニでコーヒーを淹れていると、小太りの男性が狭い通路でカップラーメンにお湯を入れ始めました。
その後ろからイケイケの兄ちゃんが自宅のゴミをお湯がおかれているワゴンの下にあるゴミ箱に捨てようとしました。
しかし狭い通路を小太りの男性がふさいでいるため通ることが出来ません。
それに気づいた小太り男性は「すいません。すいません」と何度も言います。
とっさにありのパパは心の中で「この男性は私自身である」と感じました。

そうしたところイケイケの兄ちゃんは顔を歪ませ、「ちっ!」と声を出し、ゴミを捨てました。
乱暴にゴミを入れたため、入り切らずにゴミがゴミ箱の外に落ちました。

事件はそこで起きました(笑)。
ありのパパの脳内劇場がスタートします。
「おい、こら!落ちたゴミをゴミ箱に入れろ!」とイケイケの兄ちゃんに怒鳴っています。
ふてくされている兄ちゃんの首根っこを掴み、力ずくでゴミをゴミ箱に入れさせます。

ここで脳内劇場は終わりました。
そして何事もなかったようにコンビニを出たところで、はっと気づきました。

それは霊的に目覚める以前は脳内劇場で演じていたことを現実の世界でも実行していたのが、霊的目覚めを得て以後は心のギヤを外してニュートラルの状態であり、脳内劇場で起きていることと、現実の世界での振る舞いが切り離されたのでした。

これが怒り依存症における回復であり、霊的目覚めを得たことの結果であるということができます。

2.新しい生き方・埋め合わせする生き方とは?(銀行の窓口での出来事)

自分以外の名義の口座からお金を下ろす用事があったのですが、現在では本人以外の人がお金を下ろすのは大変困難なことになっています。
以前にけんもほろろな対応をされたので、また嫌な思いをするのではないかという恐れに苛(さいな)まれていました。

しかしこういうときこそ、自分の恐れに一生懸命になるではなく、相手だって恐れているかもしれないのだから、まず自分が相手に対して敬意をもって接することに全力を尽くそうと考えました。

そしてもう一つ心がけたことがありました。
それはありのパパは金融機関で働いていたことがあるのですが、その時既に依存症人格でしたので、働いていると言っても、実質は「働いている振り」に過ぎませんでした。
そのため、同僚にもお客様にも大変迷惑を掛けました。

そのことを思う時、目の前にいる窓口の職員がやっていることは大変まっとうなことです。

埋め合わせとは一義的に迷惑を書けた相手に埋めあわせをすることですが、埋め合わせの本質は埋め合わせの生涯を生きることにあります。

それでステップの6,7と8,9を同時に実行することにしました。
そうしたところ対応の途中で窓口の人の対応がガラッ変わったのを感じました。
それはまさに180度の変化でした。

ありのパパの推測ですが、相手の不安を解消することに全力を尽くしていたのが、相手に通じたのではないかと思っています。

3.強迫観念への対処の仕方(ミーティングエスケープの件)

依存症の解決策は二つしかありません。
一つは霊的にめざめることであり、 もう一つは共同体から受ける助けと支えです。
これを何百回となく教えられ、自分もそのように人に伝え、ブログにも書いてきました。

しかし教えを受け入れたり、正確に理解することと、それを実践するのは全くちがうことのようです。

ありのパパは月に二回高速バスに乗ってミーティングに出席するのですが、ある時バスが渋滞に巻き込まれたことがありました。
その日は夜に大阪で、翌日に京都でミーティングがあったのですが、心の中では「このままだと90分のミーティングが半分終わったところでの参加となる。こんなみっともない参加の仕方をするなら、いっそのこと今回はお休みして京都に直送しようか?」と考えました。

心の中ではもう一人の自分が「おいおいおい!依存症からの回復の『二つの解決策』はどうした?」と問いただします。
しかし「楽したい」という気持ちが圧倒的でした。
それで折衷策としてその日の夜のミーティングがある駅までの切符を買って、その駅に付いた時点でどうするかを決めようと考えました。

駅に着いたところ、今度は「ここまで来たのだから、たとえ半分しか参加できないとしてもミーティングに参加しよう」という気持ちが圧倒的になりました。

ここから学んだことは「依存症者は考えたらダメ」ということです(笑)。
もうひとつは強迫観念と戦おうとしないことです。

本音の自分を否認すると偽善者になりますし、抑圧するなら依存症者特有の思考パターンに陥ってしまいます。
見たくない自分、みっともない自分をありのまま丸ごと受け入れて、その上で改善のための小さな一歩を踏み出します。
私たちにできることはそれだけです。
しかしその小さな一歩が私たちの人生を変えるのです。

◎回復と平安を祈っています。