12ステップを教会のミニストリーとしてやる場合の二つの問題とは?

今日のご相談は「牧師もカウンセリングや12ステップを学んだほうが良いか?」
そして「教会で12ステップ・ミーティングを始めるにはどうしたら良いか?」です。

ご相談内容: 

いつも、ブログを楽しく拝見させていただいています。

私はメソジスト系のクリスチャンです。
質問があります。
ありのぱぱ様のブログを読んでいて気づかされたことが幾つかあります。

牧師も12ステップや心理学を学んでいるほうがよろしいのでしょうか?
ありのぱぱ様はどこかで、カウンセリングを学ばれたのですか?
もしも、教会でAAをミニストリーの一つとして行うとき、どういった段取りで組み立てていけばよろしいのでしょうか?

祝福がありますように
ひばり

こんにちは、ひばりさん。
ご相談をいただき、ありがとうございます。

ご相談内容は「牧師も12ステップやカウンセリングを学んだほうがいいのか?」というご質問と、「教会で12ステッププログラムをミニストリーの一つとしてやる時、どうすればよいか?」の二つですね。

順番にお答えしていきます。

1.牧師もカウンセリングを学んだほうがいいか?

現在では、どの神学校のカリキュラムにも必ず「牧会カウンセリング」が含まれています。

ですから、ひばりさんの「牧師もカウンセリングを学んだほうがいいのか?」というご質問に対しては「神学校を出た牧師はすでにカウンセリングを学んでいます」というのがお答えになります。

2.牧師も12ステッププログラムを学んだほうがいいか?

12ステップは依存症治療に効果のあるプログラムです。
ということは、このプログラムを学ぶ人は依存症の当事者であるということです。

もちろんアダルトチルドレンや共依存症者のための12ステッププログラムもありますから、牧師にご自分がアダルトチルドレンであるという認識があり、生きづらく感じ、何とかしようという気持ちがあればプログラムを学ぶことが可能です。

(中間施設などで行われる12ステップセミナーなどに介護職や援助職の方々が参加されることもありますから、牧師がそのようなところで行われるセミナーに参加されることは可能です)

3.教会で12ステッププログラムをミニストリーの一つとしてやることは可能か?

可能ですが、いくつかの障壁があります。
この障壁を壊すのは簡単ではありません。

①12ステップを使って回復した人がいなければならない

教会で12ステップをやろうというときに、誰も12ステップを使って回復した人がいないのでは話になりません。

もし、回復した人が誰もいない状態でミニストリーを始めるなら、それは単なる12ステッププログラムの勉強会か、集団療法(グループ・セラピー)の分かち合いになってしまうでしょう。

人々が12ステップ共同体にやってくるのは、ニーズが満たされるからです。
そのニーズとは回復することです。
単なる勉強会ではニーズが満たされることはありませんから、外部の人は(そして教会員も)やって来る事はないでしょう。

②「自分なりに理解した神」の概念をどうするか?

次に問題になるのは、12ステッププログラムでは宗教上の神ではなく、「自分なりに理解した神なら何でも良い」としている点です。

多くの人たちの心の中に、宗教によって与えられた傷が存在します。
それで、たとえ自分は依存症になって死にそうではあっても、それでもなお宗教上の神を信じることに抵抗感を感じる人々が多くおられます。

この問題を乗り越えるために、12ステップ共同体では「あなたが信じられる神なら、どんなものでもよい」としています。

そういう訳で、キリスト教の神という概念を打ち出すなら、そのミニストリーは教会員の信仰の成長という目的を達成することはできたとしても、伝道目的としては徒労に終わるでしょう。

逆に、「自分なりに理解した神」で行く場合には、教会の成長にはある程度寄与するかも知れませんが、教会員が「自分なりに理解した神」なんておかしいと言い出す可能性があります。

さて、どうするか?
ミニストリーを始める前に、この問題を熟慮することが大事です。
そうでなければ途中で挫折するでしょう。

ありのパパの考えは「自分なりに理解した神」で行くことです。
そして回復が進んだ人々の中から「私にとっての『自分なりに理解した神』とはイエス・キリストである」という方が必ず起こされてくると信じます。
実際に12ステップ共同体のメンバーには、そのような経路を辿ってクリスチャンになった方々が多く存在します。

③現実的な方法

以上のことを勘案すると、次のようなことが言えると思います。

a.今すでにある12ステップ共同体のどれかに声を掛け、教会堂を使って12ステップ・ミーティングを行ってもらう。

この場合、場所を貸しているだけで12ステップ共同体とは一切の関わりがないことになります。

b.12ステップを使って回復した教会のメンバーが、教会のミニストリーの一つとして12ステップ・ミーティングを始める。

この人が誰かは既におわかりですね。
そうです。ひばりさんです(笑)。
言い出しっぺの法則というのがあり、初めにのどが渇いた人が井戸を掘るのです。

◎平安と祝福を祈っています。

“12ステップを教会のミニストリーとしてやる場合の二つの問題とは?” への2件の返信

  1. ありのぱぱ様

    質問への回答、本当にありがとうございます。
    個人的には、ウェスレーが語る聖化論と12ステップがすごく近い感じがしていました。
    以下のコメントにはすごく励まされました。

    ”そして回復が進んだ人々の中から「私にとっての『自分なりに理解した神』とはイエス・キリストである」という方が必ず起こされてくると信じます。”

    確かにそうかもしれません、求めるものには本当に主はイエスキリストだけと分かるように思います。

    さらに、これも慎重に考えなければならないと思わされました。

    ①12ステップを使って回復した人がいなければならない

    確かに、知識としてカウンセリングを知っている人と、経験としてカウンセリングを知っている人とは
    まったく違うように思います。

    聖化にしても、牧師先生が知識だけで語るときと、経験を伴って語るときにも大きな違いが出てくるのはこの霊的なものなのかもしれませんね。

    もう一つ質問が浮かんだのですが、

    ”実際に12ステップ共同体のメンバーには、そのような経路を辿ってクリスチャンになった方々が多く存在します。”

    一般化するのが申し訳ないのですが、こういったかたがたは生まれ変わりを体験した方々でよろしいでしょうか?

    私の想像の中ではそういった方々は、自由な信仰をもち、牧師先生にではなく、主に頼る信仰者となっているように思われます。いかがでしょうか?

    ありがとうございます

    主にあって
    ひばり

  2. こんにちは、ひばりさん。
    コメントをありがとうございます。

    神がひばりさんを用いて御霊によって働かれることを祈っています。[ロマ書15:18]

    ひばりさんの新しい質問には、ひばりさんご自身がお答えになることができます(笑)。

    またコメントしてください。お待ちしています。

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