12ステップの3の神に委ねるとは、どんな生き方を指しているのか?

神に委ねるというと仏教的な影響の強い日本ですと「何もしないで、ただじっとしている」ことを想像しがちです。
しかし、12ステップはそのようなことを言っていません。
12ステップがいうところの「委ねる」とは「神の意志に従う」ことです。
「私たち無力なのよね〜。だから自分からは何もすることがないのよね〜」とほざいている場合ではありません(笑)。

では、何をすれば神に従ったことになるのでしょうか?
今日はそれを一つ一つ見ていくことにします。

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1.棚卸しをする(ステップ4,5)

12ステッププログラムを作った人々は「ステップ3で委ねる決心をしたら即座にステップの4に取り掛かろう」と言いました。
自分の意志と生き方を神の配慮に委ねる決心をした人々は、即座に棚卸しに取り掛からねばなりません。

中には何年も12ステップに取り組んでいながら、グズグスといつまでたっても棚卸しに取り掛からない人がいます。
誰あろう、ありのパパがその人です。
結果として人生が思い通りに生きていけなくなったことを認めざるを得ないところまで追い詰められました。
ですから、私は自信をもって(?)皆さんに速やかに棚卸しに取り掛かることを心からおすすめします。

(ステップ5の棚卸しを見てくれる「もう一人の人」が身近におられない場合は、よろしければありのパパがシェアリング・パートナーをさせていただきます。詳しくはメニューの「相談ご希望の方へ」をご覧ください)

2.古い生き方を捨て、新しい生き方を選び取る(ステップ6,7)

棚卸しをする理由は自分の行動パターンを知ることにあります。
ですから「棚卸しをやった」と言っても、自分の行動パターンが分かっていないなら棚卸しをやったことにはなりません。

行動パターンとは性格上の欠点が、ある特定の状況・環境の中でいつも同じような反応を示すことを指しています。
ありのパパの例で言えば「人への恐れが動機となって不正直な対応をする」のが私の行動パターンでした。

ステップの6では、この古い行動パターンを使わない決心をします。
そしてステップの7では、古い行動パターンと対極にある新しい行動パターンだけを使って生きていく決心をします。
ありのパパの例で言えば「すべての人に敬意をもって接する」生き方です。

3.埋め合わせの人生を生きる(ステップ8,9)

ステップの4で作った棚卸表がそのまま埋め合わせ表になります。
この埋め合わせ表に従って、相手をさらに傷つける危険がある場合を除いて埋め合わせを実行します。
埋め合わせについては周囲の知恵ある人々と相談しながら慎重に行っていくことが大切です。

見逃しがちなことは、人生そのものを埋め合わせの人生とすることです。
一回こっきり埋め合わせが終わったら(しかも自分勝手に!)、それで埋め合わせが終了するのではありません。

人生そのものを埋め合わせの人生にするとは、どういうことでしょうか?
たとえば妻にうるさく話しかけられて、それを邪険にするものだから、いつも妻と喧嘩になる夫がいるとします。
そのような人は「今まで話を親身に聞かず申し訳なかった。これからの人生は埋め合わせの人生とする。その証(あかし)としてこれからはいつでもあなたの話に親身に耳を傾ける」ことを決心します。
これが埋め合わせの人生を生きるということです。
そうすると不思議に妻に対して腹が立たなくなります(笑)。
これが人生における奇蹟というものです。
これはどなたにも可能なのです。

○神に委ねるとは神に従うことであり、神に従うとは棚卸しをすること、古い行動パターンを捨て、新しい行動パターンを生きること、埋め合わせの人生を生きることです。

では、この3つが終わった後は何をすればいいのでしょうか?
今度はそれを見ていきましょう。

4.人を裁かない生き方

人をさばくことの本質は「あなたは私の思ったとおりに動け。私の思ったとおりの人間になれ」というところにあります。
この考えがおかしいのは至極当然ですが、現実には人をさばくことを平気でやっているのが私たちではないでしょうか?

ありのパパは初めは怒りの爆発の問題を解決するために12ステッププログラムに徹底して取り組みました。
そして怒りの爆発の問題から回復したあとに、今度は自分の中に他人への病的なコントロール欲求があるのに気づきました。
それで今では病的なコントロール欲求についても無力を認めるようになりました。

「人を裁かなければ、あなたがたは神から裁かれません」 [ルカ6章37節]

5.他人への接し方が人間関係のカギ

ステップ7の新しい行動パターンである「すべての人に敬意をもって接する」生き方を文字通り全ての人に適用する必要があります。
私たちは(特にありのパパは)スローガンを打ち上げるのは得意ですが、そのスローガンをコツコツと日々実践するのは苦手であり、あまり熱心ではないのが実情です。

しかし建前で「全ての人に敬意をもって接しよう!」と何回叫んだところで何の意味もありませんし、何の変化も人生には訪れません。
真に人生を変革したいと願うのなら、私たちは実際問題として全ての人に敬意をもって接することが必要です。

「ほかの人があなたがたに対して、どのような態度を示してくれるかということは、結局のところ、あなたがたがほかの人に対して取る態度次第です」[ルカ6章38節]

◎回復と平安を祈っています。