受容的アプローチは金を盗む家族にも有効か?

依存症を持つ家族に裏切られたということはよくあることです。
この問題にどのように対処すればよいのでしょうか?
依存症のメカニズムとそれへの対処法を考えます。

お問い合わせ内容:
こんにちは。ちょくちょくありパパさんのサイトから、勉強させていただいております。

お尋ねしたいことがあります。
私は(軽い)アルコール依存です。
そして結婚している姉もアルコール依存です。
この姉は、お金を家族から時々盗みます。

姉のメンタルを癒したいと、受容を意識したアプローチを二か月ばかり積み重ねておりましたが、つい先日、姉に車の荷物を取ってきてと頼んだところ、車に置いておいたはずのお金が無くなっていまいました。
恐らく、姉かもしれません。
あるいは、どこかに私の記憶違いがあるのかも知れません。
穏和に問いただしたところ、姉は「絶対に私はやってない」と申します。

ここからが問題なのですが、姉に裏切られた気持ちで正直がっかりしています。
この場合、私の姉を信じる気持ちが足りない、愛が足りなかったのでしょうか?
それとも姉が弟の信頼よりも、アルコールを買うお金を欲したのでしょうか?
どちらにしても、救いようがない気がして、悲しい思いです。

こんにちは、あーちゃんさん。
ご相談を下さり、ありがとうございます。

受容を心がけた対応をして、その挙句(あげく)にお金を盗まれたりすると、やりきれない気持ちになりますよね。
そのお気持ちはよく分かります。

しかし、このようなことは依存症にはよくあることでもあります。

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1.依存症には『人を信頼できない病』という側面がある

①泳げる人は、泳げない人の気持ちがわからない

泳げない人にとっては浮き輪は必須のものです。
しかし、泳げる人にとっては浮き輪は必要のないものです。

人間は人との信頼関係を結びながら生きていきます。
ですので人を信頼する能力は必須のものとなります。
しかし中には人を信頼することが出来ない人々が存在します。
その人々にとっては『人を信頼する能力』の代替となる『浮き輪』が必須のものとなります。

この浮き輪が人によって、アルコールであったり、薬物であったり、ギャンブルであったり、買い物であったり、性的行為であったり、感情の爆発であったりします。

これらは物質依存とか行為依存と呼ばれるものですが、思考依存というのもあります。
これは非常に偏った物の見方・考え方・行動パターンを指しています。
選択の自由はなく、強制的に病的な考え方を余儀なくされます。
第一の特徴は『人に対して恐怖心を持ち、そのゆえに孤立する』というものです。
このような思考習慣の依存をもつ人々をアダルトチルドレンと呼びます。

②依存症者は『浮き輪』を守るためには何でもする

アルコール依存症者や薬物依存症者は、アルコールや薬物を手入れるためには何でもするものです。
そのために法を犯すようなことでも、多少の躊躇があったとしても結局はやってしまうでしょう。
それが依存症の特徴なのですから、仕方のないことだとも言えます(すべての依存症者がそうだと言っているわけではありません)。

この文章を読まれて「ひどい!」と思われますでしょうか?
それとも「そりゃ、そうだわな。海の中にひとりぼっちで残された時、泳げない人にとって浮き輪はどんな犠牲を払っても守らないといけないもの」と思われますでしょうか?

ここのところの理解が十分でないと、裏切られ感で一杯になり、依存症者の支援を継続して行うことができなくなってしまいます。

援助者や家族の方は「裏切られた」という受け取り方をしがちです。
しかしそうではありません。
これは依存症特有のメカニズムの現れに過ぎません。
あらかじめ依存症者本人がこのような対応をすることを覚悟しておく必要があります。

2.窃盗(せっとう)依存という依存症もある

これはクレプトマニアとも呼ばれます。
経済的に困窮していないにもかかわらず、快感を感じることが動機になって万引きなどを繰り返す人々を指しています。

ある調査では摂食障害を持つ人々の実に90%もの人々が万引きをした経験があるという報告があります。

3.信頼関係を結ぶために感情表出の練習をする

感情表出訓練とは、怒ったり、笑ったりすることではありません。
そうではなく「あれは辛かった」とか「あのときは寂しかった」とか「不安を感じた」などと、その時の自分の感情を正直に相手に伝えることです。

なぜこの訓練をするかというと、それは信頼関係を結ぶためです。
なぜ信頼関係を結ぶ必要があるかと言えば、こちらの気持ちがあちらに伝わるためにです。
信頼関係ができていないのに受容しても、その受容は相手に伝わりません。
ですからまず信頼関係を結ぶことを最優先すべきです。

もちろんこれは双方向のものではありますが、まずご自分がそれをおやりになることです。
そうしたらお姉様もいつかはご自分からやるようになるでしょう。

◎平安と祝福を祈っています。

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コメント

  1. あーちゃん より:

    たくさんヒントの詰まったアドバイスをありがとうございます。

    感情を言葉にして伝えるですか。良いチャレンジになります。ハッと気が付かされました。
    僕自身、他人へ怒りや、悲しいと言う消極的な面は決して見せないように、感じ取られないようにと、必死で隠してきた気持ちですので、そうした気持ちを、口に出していくことが容易になれば、きっと私自身にも大きな前進があるような気がしました。

    姉に関しては、もちろんキリストの愛に導かれますよう祈っていますが、今はよい距離感を保ちながら、少しずつお互い回復していけたらラッキーくらいの、心構えに変わりました。

    相談出来て良かったです。ありがとうございました。

    • ありのパパ より:

      こんにちは、あーちゃんさん。
      コメントをありがとうこざいます。

      そうですね。人を信頼するために必要な第一歩は、自分が感じた感情を正直に伝えることです。
      私も練習している最中です。

      ある精神科医は「人を信頼できない代わりに嗜癖を用いるのだから、人が信頼できるようになれば嗜癖に頼る必要はなくなる」と言いました。
      事実、その医師が行っている依存症治療は驚異的な回復率を示しています。
      「自分も小さいときから、人を信頼できなかったし、兄弟もまたそうなのかもしれない」と想像力を働かせるところから真の共感が生まれるようにも思います。

      またコメントしてください。お待ちしています。

  2. あーちゃん より:

    こんにちは。

    ありパパさんが、このブログで紹介なさっていた、信頼障害の本を読みました。
    今は、便利な世の中で kindle ultimate だと無料で、読めちゃうんですね。余談でした。

    自分の心をえぐられるようで、なかなか読み進められませんでしたが、ついぞ思い出したのは、もう亡くなった父親が晩年、風邪っぽいからと毎日、必ず風邪薬を飲んで、かつ寝れないからと、規定の倍量の睡眠薬も毎日服用していたことです。
    もちろん、定年してからは、大好きだった酒をこれに加えて昼間から常用するようになっておりました。

    今思えば、あれは、みな嗜癖だったのですね。
    不思議なもので、当人も、家族も当時は全く気がつきませんでした。
    私自身幼いときの記憶が不思議なくらい無いのですが、きっと父親も人には、わかってもらえない思いや、孤独、寂しさを抱えていたのでしょうかね。

    • ありのパパ より:

      こんにちは、あーちゃんさん。
      コメントを下さり、ありがとうございます。

      代々、受け継がれてきた呪いの連鎖を私たちの世代で断ち切りたいと強く願っています。

      またコメントして下さい。お待ちしています。