奇跡が起きるのを日常茶飯事にする方法 (はじめての聖書)

[今日の聖書箇所]
イエスは言われた。『まだ分らないのですか』(マルコ8章21節)

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1.人間は『奇跡』を使いこなすのがうまくない

イエスの弟子たちは次々に起きてくる問題の解決手段として、『奇跡』を活用しようとは考えることができませんでした。

それで何か問題が起きるとすぐに行き詰まりました。
このようなお弟子さんたちを見て、イエスは腹に据えかねたように「まだ分からないのか?」とお問いになられました。

私たちの心の中にも「これは自分の力で、あれは神の力で」という使い分けがありはしないでしょうか?
しかし、なぜ使い分ける必要があるのでしょうか?
神の力を使ってうまくいったのなら、他のものにも神の力を活用しようと考えるのが合理的な考えではないでしょうか?

2.神の力(奇跡)に頼ろうとしない真の原因とは?

①我力(がりき)

我力とは「我、一等!」と考えるプライドです。
しかし「自分の思い通りに生きていけなくなった」ことを認めたのが私たちなのです。
つまらない我を張って、神の力を拒んでいる場合ではありません。

②人間は三次元の存在であり、神が四次元の存在であるから

蟻(あり)のような存在である人間が、天地万物をお作りになった神を理解することは決してできないことです。
できるのは、想像することだけです。
考え方を訓練して、神の奇跡を受け入れ得る考えの持ち主へと変化していくことが大切です。

3.信じ続けることの難しさ

信じるだけなら誰にでもできますが、信じ続けるのは案外難しいことです。

卑近(ひきん)な例で言えば、ありのパパは年初(2017年)からブログの閲覧数が伸びることを信じるようにしました。
そうしたところわずか20日間で閲覧数が17%増加しました。
自分自身で『信じる力』を試してみて、「ワァオ!」となりました(笑)。

しかし、これを毎日繰り返すとなると話はちがってきます。
なぜなら毎日バカの一つ覚えのように「今日も私は『神がブログ閲覧数の目標数値を実現させてくださる』と信じる」ことを忘れてしまいそうになるからです。

しかし、そのような人間的弱さに負けないで「今日一日だけ信じる」信仰の行為を繰り返します。
この面でもありのパパは自分自身が依存症であってよかったと思っています。
なぜなら、依存症からの回復は「今日一日だけ」であるからです。
そしてキリスト者が罪を犯さないで生きていくのも「今日一日だけ」を積み上げていくほかはありません。

回復の過程で学んだコツを他の領域に適用することが人生が祝福される秘訣です。
そうしたら、奇跡が起きるのはあなたの人生にとって当たり前のことになります。

「そして私たちのすべてのこと(領域) に、自分の無力を認め、神に頼って解決をしようとする12ステップの原理をあてはめようと努力した」(ステップの12の後半部分を意訳)

◎平安と祝福を祈っています。

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