聖書の悪霊追い出しは精神の病の癒やしを表している(はじめての聖書)

[今日の聖書箇所]
そこでイエスは十二弟子を任命された。それは彼らを身近に起き、また彼らを遣わして福音を宣べさせ、悪霊を追い出す権威を持たせるためであった。 (マルコ3章14,15節)

        

1.悪霊追い出しは精神の病の癒やしを指していると考える根拠

イエスが地上におられた当時は、精神病という概念はありませんでした。
それで福音書には「イエスは病を癒やし、悪霊を追い出され」と書かれてあります。
病は肉体的な病気を指し、悪霊を追い出すとは精神的な病気の癒やしを指していると理解することが筋(すじ)の通った聖書解釈であると、ありのパパは考えています。

        

2.精神の病と悪霊追い出しは別のものと考える人々への質問

「いや、そうではない。悪霊追い出しはあくまでも悪霊追い出しだ」と主張なさる方は、次の質問に応える義務があります。
それは「聖書は誤りのない神の言葉であり、人間のすべての問題を解決することができる。それにもかかわらず心の病について聖書に記述がないのはなぜか?」という質問です。

いままで、この質問に対し、まともに答えた人は一人もいません。
ただ、駄々っ子のように「私には分かりません。でもそれでも悪霊付きは存在します」と言うのみでした。
これでは神学的な議論にはなりません。

        

3.なぜ悪霊追い出しと心の病の癒やしを別物と考えるのか?

①聖書を文字通り理解することへのこだわり

何も考えることをせず、ただ考えなしに「聖書にこう書いてあるから、そのように考えるのが正しい」とするのは神の意志に反しています。

なぜならイエスは福音書の多くの箇所で「あなたがたはこのように考えているが、聖書の真意はそうではない」と私たちをたびたび戒めておられるからです。

私たちは間違いやすい存在であり、神の助けがなければ聖書を正しく理解することができません。
ですから、そのような解釈が可能であると思える場合でも、一旦立ち止まって「聖書全体の整合性はどうか?」と考えることが必要です。

②他者に対する共感的理解の欠如

この問題における最大の要因は他者に対する共感性の欠如です。
「聖書にこう書いてあるから、このように理解して間違いない」と短絡的に結論を出してしまう真の原因は、共感性の欠如という人間性の問題が潜んでいる場合があります。

心を病む多くの方々を身近に見ながら、少しも「このことについて聖書はなんと教えているだろうか?」と考えもしないのは、他者に対する共感性の欠如が原因です。

        

4.もう一つの間違った理解

聖霊派と呼ばれる教会の中には、「悪霊追い出しによって精神病も治る」と考え、その考え通りに「精神病の悪霊よ、出ていけ!」と怒鳴り散らす人々がいるようです。

この考えを取る人々は、確かに「精神病の癒やしは聖書に書かれている」と考える点で、「悪霊追い出しは精神病の癒やしとは別のもの」と考える人たちよりはマシかもしれません。

しかし、彼らには重大な過ちがあります。
それは精神病の原因を悪霊のせいにしていることです。
(これらの人々は肉体の病の原因も悪霊であると考えていますから、整合性は取れているのかもしれません)

しかし真実はそうではありません。
イエスが地上におられた当時は、すべての病の原因は悪霊によるものと思われていたのです。
それでイエスはその時代の人々が理解でき、受け入れることができるようなやり方で御業(みわざ)を行われました。

現代においては、各々の病の原因が特定されています。
たとえば風邪をひいて「悪霊にやられた!」と考える人はいません。
もしそんなことを言ったら、即座に「そうじゃない。あんたが不養生だっただけだ!」と咎(とが)められるのが落ちでしょう。

5.うつ病も統合失調症も脳の病気に過ぎない

これらの精神の病は投薬治療とカウンセリングを補助的に用いることで回復することが十分に可能です。

まちがった聖書理解に惑わされることなく、正しい聖書理解に立って、この地上生涯を歩みたいものです。

◎平安と祝福を祈っています。

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