なぜ余計な口出しや頼んでもいない原因探しをしてしまうのか?

今日は「アドラー心理学入門」(岸見一郎著)をご紹介する2回目です。

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1.余計な口出しや頼んでもいない原因分析をしてしまう理由

「アドラー心理学を人を支配する道具として学ぶ人が多いことは非常に残念なことです。」

アドラーのテクニックを用いつつ、実は人を支配・コントロールしようとする動機が透けて見える方もおられます。
もし、このようなことがミーティングの席上で行われると、ミーティング参加者の心が傷つくことになります。

三つの大切なこと

ひとつは自分で解決できることは自分で解決して、他者に依存しないことです。

二つ目は自分だけで解決できないものは他者からの協力を得ても良いということです。

三つ目は、二つ目の条件が果たされている場合のみ、私たちは他者に協力して援助することができます。

○なぜ、人は頼まれもしないのに口出ししたり、的外れな分析をしたりするのでしょうか?

それは自己の優越感を満足させるためになされた行動であり、相手を対等な存在としてみていないことが理由です。

2.自己受容

「大切なことは自分がどういう存在であるかではなく、その自分をどのように用いていくかということである」

「自分という道具はクセのある存在だが、大切なことはそれをどうやって使いこなすかということです」

「そのためには自分という道具を好きにならなければなりません」

○自分を好きになるとは条件を付けずに今のままの自分を好きになるということです。

①世界は複雑ではない

世界は複雑であるというのは神経症的な意味づけにすぎません。
そうではなく、ただただ自分を好きになることさえできていれば、自分の人生の中に「地上天国」が創出されることになります。

教育の目標は「あるべき人間像」に到達させることではなく、あるがままの自分自身を受け入れ、好きになることです。

問題の核心は、ありのままの自分自身をあなたが好きかどうかということにあります。
「自分自身のことが好き」であるとき、継続的で内面的な霊的変革が始まります。

②問題は自分が変わることではないし、自分を変えることでもない

問題は、ありのままの自分を「どう使うか」です。

二つの大切なこと

一つはありのままの自分を知っており、その自分自身を好きであること。

二つは、ありのままの自分をどう用いて、人生という世界を開拓していくかということ。

3.他者信頼(他者受容)

「世界は敵に満ちている」と考えている間は健康的とは言えません。

世界は仲間に満ちていると捉えるようになるとよいでしょう。

要するに、自分も信頼できるし、他者も信頼できるという考えです。

他者貢献

自分を信頼できるし、他者も信頼できるというだけでは十分ではありません。

自分自身が他者に対して貢献できる存在であることがたいせつです。

母親の役目は、子供の関心を仲間へと拡げることです。
この役目に失敗すると、親子は母子癒着に陥ります。

また他者貢献は自分を犠牲にすることではありません。
このような人のことをアドラーは「過度に社会に適応した人」と呼びました。

◎平安と祝福を祈っています。

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