他人への執着から解放されるためのたったひとつの方法

他人に執着する原因は共依存と支配欲求です。
今日はこの問題について皆さんとご一緒に考えます。

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1.他人に執着するとはどういうことか?

①恋人に執着する

先日も、若い男性が「付き合いはじめはサッパリしていたのに段々と執着が激しくなった。自分が生きたいように生きることが、僕にとっては大切なこと。だからその彼女とは別れることにした」と言っていました。

ありのパパはその話を聞いて「すごいな。少しも執着がないんだな」と驚いてしまいました。

女性の中には、男性に執着しないことが至難の業である方もおられるようです。

②子供を支配する親

実は子供も親を支配しようとします。
しかし、これは無害です。
なぜなら、子供は無力な存在ですし、親にしてみれば「支配しようとしている我が子はなんとかわいいのか」ということになるからです(もちろん大きくなってからも親を支配しようとするなら、それは『うざい』ということになります(笑))。

問題になるのは、親が子供を支配しようとしているときです。

このような場合は必ずあとになってお子さんの問題行動に苦しめられるという結末が待ち受けております。
それが嫌だったら、我が子を支配しようとしないことです。

2.共依存と支配欲求の本質とは?

共依存とは「私はあなたの奴隷になるから、あなたは私の願ったような人になってね」というものです。

支配欲求は共依存とは異なり、もっとむき出しのものです。
ストレートに「おまえは私の考えたように判断し、決断し、行動すべきである」というものです。

「あなたは親の言うとおりにしていれば良い」と平気な顔をして言う親御さんもおられます。

こんなひどいことを言いながらも、自分の中に支配欲求や共依存があるのを認める人は余りおりません。
これを否認と言います。

ありのパパも支配欲求が強いです。
自分でも「病的だな」と感じるほどです。

3.具体的な解決方法

日々の生活の中で浮き雲のように自分の意識の中に「人を支配してやまない病的な考え」が浮かんできます。
それに気づくたびに「私は人を支配することは出来ない。その人の人生はその人のものであるから。『手放して、あとは神様にお任せ』」と祈ります。

これを人を支配する考えが浮かぶごとに行います。

このようにして他者を手放すことは自分自身を自由にすることに繋がります。
なぜなら他人に対して「あなたはあなたの自由に生きてよい」と言うことは、とりもなおさず自分自身に対して「あなたもあなたの思うとおりに生きてよい」と言っていることだからです。

イエス・キリストは「自分(自身)を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい」と言われました。
これは上記のことを考えるとき、十分に納得できることです。

◎私たちお互いは共依存からも支配欲求からも解放されて、この地上生涯を生きていきたいものです。
平安と祝福を祈っています。