無力感をどうしたら取り除くことができるか?

私たちは日々の生活の中で感じる無力感をどうしたら解消することができるでしょうか?
今日はこの問題を皆さんとご一緒に考えます。

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1.無力と無力感はちがうもの

無力を認めることと、無力感を感じるのはちがうことです。
無力を認めるとは、解決する力が自分にはないということを認めることです。

これに対して無力感とは文字通り「自分はダメな存在である」という思い込みです。

2.無力感はどのような影響を与えるか?

①仕事と無力感

病的な無力感はどのような影響を私たちに与えているでしょうか?
それは低い自己イメージに端的に現れています。

ありのパパはうまくいっていると「これはなんかおかしい」と感じます。
客観的に見るとちっともおかしくないのですが病的な無力感があると潜在意識のレベルで「ダメな自分がうまくいくはずない」と本気で思い込んでいますから、うまくいきはじめると心の深いところからブレーキがかかります。

②夫婦関係と無力感

夫婦関係にこの問題が影響を与えることも多くあります。
奥さまが自己イメージが低いと「私が幸せになれるはずない」と(潜在意識のレベルで)思い込んでいますから、ご主人をいじめ抜きます。
また言い争うように仕向けます。
そうしておいてご主人が疲れはてて関係の解消を申し込むと「ほら、やっぱり。私が幸せになんかなれるはずない」と確認するのです。

ご主人が自己イメージが低いと、パートナーがいるにも関わらず性的交渉の相手をとっかえひっかえする場合があります。
そんなご主人に疲れはてて奥さまが離婚を切り出すと「俺には幸せになる資格なんかない。どうしようもない人間のクズだ」と自己確認します。

(夫婦間のトラブルは低い自己イメージだけが問題になることはほとんどありません。複数の問題が絡み合って現実の問題を引き起こします)

3.低い自己イメージはなくならない

どの部分が変えられるものであり、どの部分が変えられないものでしょうか?
低い自己イメージがなくなるとしたら、それは治ったということになりますが、実際にはなくなることはありません。

なくなっていないのに回復したい余りに「治った振り」をする間違いに陥りそうになることがあります。
しかし、人生を演じようとすることは人生を破滅させることに繋がります。
ですから決して演じようとしてはなりません。

4.無力感はどこからやって来るか?

無力感は低い自己評価が原因

自己評価が低い人は心の深いところで「私はできない」「私が成功するはずない」「私は幸せになったらいけない」と思い込んでいます。

普段は潜在意識に蓋をしていますから、こんなことを考えているとは思ってもみません。
しかし、ここ一番と言うときに限って顔を出します。
そして私たちを失敗せざるを得ないように導きます。

5.無力感をどうやって克服するか?

①まず無力感に支配されていることに気づく

無力感に支配されていると言われても大概の方は「はぁ~?」という反応しか返ってきません。

ありのパパもそうでした。
しかし客観的に自分の人生を振り返ったとき、事実としてどうしても「無力感に支配されている」と認めざるを得ませんでした。

②祈りと黙想によって

毎朝の祈りと黙想の時間に「私は神の目に高価で尊い。私は神の力をいただいて成功することができる。どんなことであっても、それが御心ならば神の恵みによって成し遂げることができる」と唱えるようにしました。

ありのパパは実はこれを以前からやっていました。
しかし自分が無力感に支配されているなどと思ってもみないときは、この告白は安っぽい成功法則のやき直しに過ぎませんでした。

カギは自分が無力に支配されていることを気づいているかどうかにあります。
気づいてからは、この告白が自分を力強く回復に導いてくれているのを感じます。

③日常生活のなかでの実践

最も大切なことは「トライ&エラー」を繰り返すことです。
トライ&エラーとは試行錯誤(しこうさくご)しながら、神の意志に到達することです。

なぜこれが大切かというと、低い自己イメージのままでトライ&エラーを行おうとすると足が震えます。
足が震えますが、それでも神の助けを祈りつつ、神の力に満たされることを求めつつ、一歩を踏み出します。

不思議なことに数歩進むと、はじめの一歩については確信が生まれています。
一歩を踏み出す前には、あんなに迷っていたにもかかわらず、数歩前に進んだあとでは「なぜあんなに躊躇していたのか?」と感じるほどです。

これがトライ&エラーの効果です。

◎無力感はなくなりませんが、改善することは可能です。
どなたであっても無力感に支配されない人生を送ることが出来ます。
平安と祝福を祈っています。