「人生が変わったって?それで?そんなもの?」という声に答える

12ステッパーやキリスト者から良く聞くせりふが「代わり映えしないこんな自分で申し訳ない」という言葉です。
実はありパパもそのような声を心の内に聞くことがあります。
今日はこの問題を皆さんとご一緒に考えます。

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1.無意識に完全の視点から自分を見つめている

ステップの1で私たちは自分の無力を認めました。
そうであるにもかかわらず気がつくと自分自身を完成された視点から見つめているのです。

無力ということは0点の自分ということです。
回復をして30点になったとします。
0点が30点になったのですから万々歳のはずなのですが、本人を見るとなにやら浮かない顔をしています。
話を聴くと「だって30点なんだもの。もっと良い点数の人間になれると思った」ということです。

確かに100点から見ると、あと70点も不足しています。
これを傲慢といいます。
この傲慢さから免れ得るかどうかが、人生を謙遜に喜びに満ちて平安のうちに生きていけるかどうかの別れ道ではないでしょうか。

2.0点の自分を認めたことを忘れない

0点の自分を忘れることさえなければ、回復・成長した分は全部「坊主丸儲(ぼうずまるもう)け」です(笑)。

この視点を持ち続けることができるなら、感謝と喜びに満ちた人生を送ることが可能です。

3.完全の視点を持っていると成長は不可能になる

回復と成長の動力は感謝と喜びです。
しかし完全の視点から自分を見てしまうと、不足感と悲しみだけが出て来ます。

しかし良く考えていただきたいのですが、100点の視点から見て不足感を感じない人がいるでしょうか?
いいえ、ひとりもいないと思います。

4.12ステップは完成・完全を目指すプログラムではなく、成長・回復を目指すプログラム

完全・完璧を目指すと成長は止まります。
なぜなら「こんなダメな自分」ばかりが目に付き、自分自身が嫌になってしまうからです。

しかし感謝と喜びがあるとき、どんどんと成長していくことができます。
それは無力を認めた自分が、神の力によってどんどん回復できている自分自身に励ましを得るからです。

そうすると次のことが言えると思います。
すなわち、成長が乏しいのは自分自身に原因があるのではない。
真の原因は(自分自身をどこから眺めているのかの)視点を置いているところが間違っているところにあるということになります。

◎私たちお互いは生涯を通して『坊主丸儲け』の視点を貫き通したいものです。
平安と祝福を祈っています。