戦わない宣言

日常生活を無自覚に生きていると知らず知らずのうちに心がすさんでしまうのが私たちではないでしょうか?
今日はこの問題を皆さんとご一緒に考えます。

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1.なぜ追いつめられたような気になるのか?

心がすさむとは心が追い詰められたような気持ちになることです。
ではなぜ追い詰められたような気持ちになってしまうのでしょうか?

①それは内心で戦っているから

片方で「ありのままで良い」と考えつつ、もう片方では「完全でなければならない」と考えているなら、そのような人は疲れ果ててしまいます。

このような話を聞くと多くの方は他の誰かのことを言っていると思いがちですが、じつはすべての人の心には、二つの異なる思いが戦っているのです。
ですから、この事実に気づく必要があります。
気づかない限り、心は戦っているままです。

②自分は完璧でなければならないと思っているから

私たちは無意識のうちに「完璧でなければならない」と思い込んでいるものです。
しかし 100点を目指す生き方でなく、30点~70点を目指す生き方に方向転換するときに心の平安は与えられます。

③片方でありのままの自分を受け入れ、もう片方で完全な自分を演じているから

内面では「ありのままで良い」と思っていたとしても、外面では完全を目指す生き方をしている場合があります。
これは微妙な問題ではあります。

自分自身と他人をどこまで許するのかはケースバイケースです。
特に仕事上ではこの問題は生命的に重要です。

ありのパパのことで言えば、自分自身と他者に対して許すことを優先するときに、人間関係がうまくいくだけでなく、仕事もスムーズに進むのを体験しています。

2.どうしたら心の平安は得られるか?

①心の平安を得たいと思っていれば、それで合格!

ほとんどの人は「平安を得たい」などとはちっとも考えていないものです。
形だけ「私も心の平安がほしい」と言ったとしても、本当は心の平安とは何かを知りません。
それで「たまには温泉でも行きたいね」などと的はずれなことを言います
(温泉に行ってはならないと言っているのではありません)。
そして次の瞬間には違うことを考えています。

本当に心の平安がほしい人は一日中ずっと心の平安について思いを巡らしているものです。

②戦わないと決める

戦わないと決めると心は平安になります。
多くの人は「決めただけで心が平安になるはずはない」と考えます。
しかし、そうではないのです。
何について戦っているのかを明確にとらえることさえ出来れば、戦わないという決心は大きな効果をもたらします。

以下のことは実行すると心の平安をもたらします。
a.小さなことであると認める
b.相手を赤ん坊だと思う
c.相手が老成した姿を想像する
d.自分から先に手を差し出す
e.ボンヤリすることを一日のどこかに組み込む

③人生は真剣勝負ではない

日々の出来事は小テストに過ぎません。

④相手の行動の奥にあるものを見る

相手の行動を真に受けないことです。
例えば、ありのパパは以前は怒っている人を見ると、その怒りを真に受けていました。
しかし現在では「私と同じ怒り依存症かな?」と思います(笑)。
この二つの受け取り方のちがいは天と地ほどの対応のちがいをもたらします。

◎どうぞ皆さま方も「戦わない宣言」をなさってください。
そうしたらどんなものにも動かされることのない心の平安を体験できるようになります。
平安と祝福を祈っています。