「誰の心の奥底にも神は住んでおられる」とは、どういうことか?

あるキリスト信者の方から「イエスを信じていない人にも『神は住んでおられる』とはどういうことか?」というご質問をいただきました。

今日は皆さんとご一緒にこの問題を考えます。

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1.福音主義キリスト教の神学から見てどうか?

①神と人間との関係

聖書を誤りのない神の言葉と信じる福音主義キリスト教の立場は明確です。

神学的理解(すべてのことを神学の視点から決すること)で言えば、以下のようになります。

キリストを信じていない人→神が内に住んでいない。

キリストを信じている人→キリストが内住(ないじゅう)しておられる。

キリストの御霊(みたま)と呼ばれる聖霊に満たされている人→心が神様で一杯になっている。

(このような理解の仕方は福音主義のなかのウェスレアン・アルミニアンが採用する理解です)

②神学的な理解ですべての片(かた)が付くか?

ホーリネス系の教会にいたとき、「人間には三種類しかいない。救われていない人と、救われた人と、救われて更に潔(きよ)められた人の三種類である」という説教を聞いたことがあります。
これはホーリネス神学の立場から言えば間違っていません。
しかし、聖書的健全さを有しているとはとても言えません。

なぜなら聖書を読むと明白であるように、罪を悔い改め、明確に救われ、聖霊のバプテスマを受けて聖霊に満たされた人々であっても、罪を犯して救いからこぼれている例が少なからずあるからです。

またエルサレム教会はあれほどの興隆(こうりゅう)を誇ったにもかかわらず、律法主義に逆戻りしてしまい、最後は歴史の中に消えていきました。

③なぜこのような誤りが発生するのか?

それは神学を聖書より上位に置くからです。

聖書をどのように解釈すればよいのかという問いに対して教会は二千年間にわたって努力を続けてきました。(これを神学的営みと言います)

神学を理解するために聖書があるのではありません。
また、自分が持っている神学の正しさを立証するために聖書があるのでもありません。

〇神学は聖書を理解するためにあります。

2.ビックブックに「すべての人の心の奥底に神がおられる」と書かれている意味

AA(アルコホーリクス・アノニマス)の初めの百人はキリスト教福音派の運動であるオックスフォード運動に属していました。
ですから彼らがリベラル的な万人救済主義をもっていたということは考えにくいでしょう。

彼らはどのような意図(いと)でこれを述べたのか?

それはAAの共同創設者であるビル・ウィルソンの物語から読みとることが出来ます。

福音派教会は今も昔も信じるところを大胆に宣べ伝えます。
それゆえに人格への敬意と配慮を欠いてしまうことも多くあったようです。
ビル・ウィルソンもそのような被害を被った方々のひとりでした。
それでどうしても教会が教える神を受け入れることが出来ませんでした。
袋小路に入ったように見えた親友を導くため、ビルの友人はこのように助け船を出しました。
「君が信じれる神なら、なんでもいいんだ」

この友人にとっては失言だったかもしれません。
しかしAAにとっては、この時が12ステッププログラムが宗教から解放され、霊的なプログラムになることができた瞬間でした。

3.信仰をもっていない人の心の内に神はおられないのか?

ありのパパはそのようには考えていません。
むしろ12ステッププログラムが教えるように、すべての人の心の奥底に神がおられるということに心から同意するものです。

①回復が進むにつれて私たちがもっている神概念もより高次のものになっていく必要がある

回復の道を歩み始めたときに私たちが持っていた神概念は「私を回復させてくださる神」というまことに自分に都合の良い神概念でした。
それがステップが進むにつれて「自分のためではなく、人々のために生きさせてください。どうぞそのためにあなたのご意志を示し、それを実践する力だけを求めます」と祈るようになります。

このような祈りを『繁栄の神学』の信奉者がするでしょうか?
イエスは「私の言ったことに言葉だけ賛成する人ではなく、私の教えたことを実行する人になりなさい」と言われなかったでしょうか。

②ありのパパの個人的体験から証します

a.キリスト教との出会い

私は子どもの頃から、神がおられることと、その神は私たちに関心をもっておられることを当然のこととして信じていました。

18歳で東京に出てきたときに目標にしたことは「東京にいる間に『神に出会う』体験をする」ことでした。
憐れみ深い神は、東京に出てきて一年以内に、神を信じて救われる体験を与えてくださいました。

この時に「問題は解決した」と確信しました。
しかし、そうではありませんでした。
すぐに罪の力は戻ってきて、私を悩ませました。

今度は、所属していた教会がホーリネス系の教会だったこともあり『キリスト者の完全』の境地を熱烈に求めました。

四年間求めた結果、ついに与えられました。
この時も「問題は解決した」と思いました。
しかし、そうではありませんでした。

ちょうどこの時期にカリスマ運動(リベラル派キリスト教会の中で起きた聖霊運動の呼び名)が我が国にもやってきました。
初台のカトリック教会で行われていたカリスマ集会を懐かしく思い出すことです。
また韓国のチョーヨンギ牧師が日本で大々的に宣教運動を始めたのもこのころです。

神学的な整合性に留意しつつ、これらの運動に参加しましたが、ありのパパは次第に聖書にあるキリスト信仰との乖離(かいり)を感じるようになりました。
そして聖書そのものを理解する営みをはじめました。

b.カウンセリングとの出会い

アメリカの教会では当たり前のように行われている牧会カウンセリングですが、我が国では「御言葉を単純に当てはめ、『大切なのは信仰と忍耐です』で終わってしまう」やり方が普通でした。
これは根本主義キリスト教会で行われているやり方であり、福音主義キリスト教が行うべきカウンセリングではありません。

そのような状況のなかで我が国の福音主義キリスト教会にも本格的なカウンセリングが入ってきました。
ありのパパも多くのことを教えられました。
たとえば自己受容などについてです。

しかし心理的問題を本当に解決することは出来ませんでした。

c.12ステッププログラムとの出会い

このプログラムに取り組むことによって、長年私を苦しめていた問題から解放されることが出来ました。

ついに問題の解決策を握り、受け取ることが出来ました。
実は心のどこかでは「死ぬまでこのままでも良い。なぜなら死んだら天国なのだから」と考えていました。
しかしそうであるにもかかわらず生きている間に問題の解決策を手にすることが出来たことをどのように感謝して良いか分かりません。

◎霊的な力をなくしたかに見える教会にとって、起死回生の手段が12ステッププログラムです。
このプログラムにキリスト者が取り組むことによって、長い間解決しなかった問題が解決し、人格的な問題からも回復することが可能です。

平安と祝福を祈っています。

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コメント

  1. マッキー より:

    ありのパパさんへ

    こんにちは。

    2、「すべての人の心の奥底に神がおられる」

    言葉のニュアンスの問題なのかも知れませんが、これだとベニー・ヒン氏の
    「我々は小さな神々だ」
    と紙一重に思えてしまって、少々抵抗を覚えてしまいます。

    ・「人には神にしか埋めることの出来ない一部分がある」(パスカル)

    ・すべての人には神様を求める心の領域がある

    というような理解、受け止め方でも間違っていないでしょうか?

    「すべての人の心の奥底に神がおられる」ならば「心の奥底に神がおられるすべての人は救われる?」万人救済に繋がってしまいそう…。ネットでありがちな誤解だって分かっていますよ~(勝手に誤解すんな!!←自分ツッコミ)

    • ありのパパ より:

      こんばんは、マッキーさん。
      コメントをありがとうございます。

      そうですね。論理は一人歩きするものですからね。
      しかし、そうではあっても12ステッププログラムはキリスト教とは異なる霊的なプログラムです。
      ですから、キリスト教の側から12ステップの教えを再解釈するようなことをしてはならないと考えます。
      12ステップの教えはそのままに、キリスト教の教えもそのままに。
      二つのものを無理やり一つにするようなことをしてはなりません。

      よろしくお願いします。
      またコメントしてください。お待ちしています。

  2. マッキー より:

    ありのパパさんへ

    こんにちは。

    「二つのものを無理矢理ひとつにするようなことをしてはなりません。」

    おぉー、なんかスッキリしました!!

    御指導、有難う御座います。

    • ありのパパ より:

      こんばんは、マッキーさん。
      コメントをありがとうございます。

      「ご指導」など、とんでもございません。
      しかし思うのは、片方では「12ステップはキリスト教の影響が強いのでやりたくない」と言う人がいるかと思えば、もう片方では「12ステップの教えにはキリスト教から見て問題がある」と考える人がいるという事実です。

      この両方の人たちを満足させるのは容易ではありません。
      やはり「初めの百人」が考えたように、12ステッププログラムを教会から離れた場所に置くのが一番良いようです(笑)。

      またコメントしてください。お待ちしています。