変えられないものと、変えられるものと

私たちが人格的成長を目指していくときに問題になるのは中々自分を変えられないということではないでしょうか?
今日は皆さんとご一緒にこの問題を考えます。

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1.変えられるものは変えていく勇気を

ありのパパには見捨てられ不安が原因となって状況が変化する場面になると恐れを感じ、しがみつくという問題がありました。

具体的には二次会などに出席したとき、いつ「さよなら」したら良いか分かりませんでした。
用事のある人から一人また一人とおいとまをするわけですが、普通は用事が無くても「用事があるから今日はこれで」と言って帰ります。

ありのパパにはこれが出来ませんでした。
「いつ『帰る』って言おうかな」と思っているうちに最後の一人になってしまうのです。

半年間、見捨てられ不安の統合作業を行いました。

その結果、状況が変化する際に金縛りにあったようになって、自覚的に行動できないという症状が改善しました。
「ただいま、見捨てられ不安のスイッチが入り中~」とユーモアをもって自分自身に教えてあげると、金縛り状態から解放されるようになりました。

2.変えられないものは受け入れる落ち着きを

映画やドラマの見放題のサービスを提供するアメリカのnetflixが我が国でも営業を始めました。

ありのパパも申し込みました。
その結果、普段は夜8時に寝ていたのが、深夜の2時に寝るようになってしまいました。
これはどうあがいても変えることが出来ませんでした。

以前に、テレビを見始めると何時間でも見てしまうという問題があったためにテレビを捨ててしまうということがありました。

心のどこかで「ひょっとしたら、この問題は解決できるかもしれない」と考えていたのですが、甘い期待は見事に裏切られました。

この問題に関しては少しも治っていませんでした。

それでありのパパはnetflixを解約し、映画を見たいときは近所のtsutayaでDVDを借りるという以前のスタイルに戻すことにしました。

3.試行錯誤によって変えられるものと変えられないものを見分ける

ありのパパにとっては、見捨てられ不安の統合作業は「変えることができる」ものでした。

しかし、何かを始めたら止めることが出来ないという嗜癖(しへき)傾向は「変えることが出来ない」ものとして受け入れる必要があることが分かりました。

◎私たちお互いは平安の祈りにある通り「自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを、 変えることができるものは変えていく勇気を、そして二つのものを見分ける賢さを」神に願いつつ、この地上生涯を生きていきたいものです。
平安と祝福を祈っています。

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