建前だけで生きる生き方は利己的そのものの生き方

依存症になった本当の原因は何でしょうか?
それは生き方にあります。

今日はこの問題を皆さんとご一緒に考えます。

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1.依存症になった理由は何か?

どのような生き方をしたので依存症に陥ったのかを探るのがステップの4と5の棚卸しです。

自分自身の棚卸しを行うことによって性格上の欠点とか短所と言われるものを見いだしていきます。
そしてステップの6と7でその性格上の欠点・短所を神に取り除いていただきます。
さらにステップの8と9では自分の性格上の欠点によって迷惑をかけた人々の表を作り、実際に埋め合わせを行っていきます。

これらの作業はみな自分の中にある短所と向き合っていく作業です。
なぜこのようなことをするかというと、それは性格上の欠点が私たちが依存症になった真の原因だからです。

2.短所を取り除く意味は何か?

それは短所が存在する限り、依存症の特徴のひとつである強迫観念のスイッチを入れる圧力が高まり続けるからです。

依存症の特徴は二つあり、ひとつは精神面での強迫観念であり、もうひとつは肉体面での渇望現象です。
今のところ肉体面での渇望現象に対して効き目のある薬や医学的処置は発見されていません。
そういうわけで依存症をどうにかしたいと願うのであれば、どうしても精神面での強迫観念を何とかする必要があります。

精神面での強迫観念は「最初の一杯」とか「狂気」と呼ばれていますが、この強迫観念のスイッチさえ入れなければ依存症者であっても健康な人々と同じように生きていくことが可能です。

3.短所の本質とは何か?

それは利己的生き方に集約されます。
この利己的生き方から、不正直・恐れ・配慮の不足という他の短所が生み出されます。
(棚卸し作業をする際は、「利己的」を他の短所と同等に扱います)

要するにすべての性格上の欠点の本質は利己的生き方にあるということです。
この利己的生き方は、ある面では分かりにくさを持っています。
なぜなら利己的と分からないようにオブラートに包んでいるからです。

その典型的な例が本音を隠して建前だけで人々と接するという生き方です。
この生き方は常に自分を抑圧する生き方ですから、表面的にはキリスト教の自我の磔殺(たくさつ)の教えに似ています。
そのゆえに自己満足をもたらします。
しかしこれは似て非なるものです。
まったくのイミテーションに過ぎません。

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4.なぜ建前だけの生き方は利己的なのか?

それは面倒を厭(いと)う生き方であるからです。
私たちは人間関係を持つことを一般的に忌避(きひ)する傾向があります。
それで対面販売を避け、自動販売機で商品を購入したり、インターネット通販を通して物品を購入したりします。

これは確かに便利な一面もあります。
しかしこれをすべての人間関係に適用すると人間関係は破綻します。

夫が妻にたいして「そんなこと言わなくても分かっているだろう」と言ってみたり、妻が夫に「なぜあなたは分かってくれないの?」と言ってみたりします。

しかし妻も夫も、相手に伝える努力・分からせる努力を完全に放棄しています。
努力を放棄していながら、自分を正当化しつつ、相手を加害者に、自分自身を被害者に仕立てあげているのです。

もし私たちが豊かな人間関係を楽しみたいと願うのであれば、建前という仮面をはずして本音で自分自身と人々に対応していく必要があります。

そのようにするときだけ、私たちの人間関係は豊かな身を結ぶようになります。

5.利他的生き方を実践する方法

パートナーを愛しているなら毎日「愛している」と言わなければなりません。
それを省略したばっかりに何年か経って、夫婦関係が修復不可能になっているのを気づく羽目(はめ)に陥ります。

同様に「ありがとう」という言葉も決して省いてはなりません。
このように言うと「相手がそう言ってくれれば、私もそうする」と答える方がおられます。
厳しい言い方になりますが、このような人々には希望がありません(ホープレス)。

なぜなら幸せは自分持ちであり、テイクが先に来るのではなく、ギブが先に来るからです。
中には「ギブしたら、必ずテイクしてくれる?」と聞く人もおられます。
しかし、このような人々のギブは与えているのではなく貸し与えているのに過ぎません。

貸したものなら返してもらうのが当たり前であり、そこには豊かな人間関係に発展する余地はありません。
そこにあるのはギスギスした世知辛(せちがら)い人間関係だけです。

豊かな人間関係を望むのであれば、返してもらうことを期待しないでギブに徹することです。
そうしたら必ずいつかどこかでテイクされることになります。

◎平安と祝福を祈っています。

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コメント

  1. マッキー より:

    ありのパパさんへ

    おはようございます。

    私はさすがに照れくさいので、「愛してる」を口にはできませんが、妻から買い物などの連絡メールが来たときに、返信で「愛してるぜ!」を入れるようにしております。
    それぐらいが精一杯ですが、結婚以来、妻から「愛してる」と言われたり、メッセージをもらったことは一度もありません(泣)

    いいんです…。娘が「父ちゃん大好きギュー」してくれますから♪
    でも、娘も最近ちょっと叱ると「父ちゃんデブっちょ、ハゲ、カッコ悪い!!」と言ってきます(泣)

    いいんです…。私の報酬は天の御国にあるんですから…。あれ?なんか違うな!?

    • ありのパパ より:

      こんにちは、マッキーさん。
      コメントをありがとうございます。

      マジレスしていいのか迷いますが(笑)。
      夫婦そろって「愛してる!」と言い合うのがよろしいかと存じます(笑)。
      そのための方法はご自分でお考えなされるように。
      (ウソです。近く具体的方法についての記事をアップします)

      よろしくお願いします。
      またコメントしてください。お待ちしています。